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経営戦略用語集

PEST分析

市場を取り巻くマクロ環境要因を分析する手法である。提唱者はコトラーとする見解が多いが、異論もあり真偽は不明。PESTはPolitical , Economic , Social , Technologicalの頭文字から付けられている。近年欧米では複雑化する法的要求(Legal)と市場以外の自然環境(Environment)を加えPESTLEとして分析することもある。

シナリオプランニング

第二次世界大戦時米空軍のシンクタンクとして創設されたランド・コーポレーションが開発したシナリオ法が始まりである。1970年代にロイヤルダッチシェル社が活用し成果を上げた事で広く知れ渡った。

 

シナリオプランニングとは、異なった複数の未来像(シナリオ)を描き、シナリオに応じた対応策を講じておくとする考え方である。シナリオは一般に事業や会社を取り囲む環境において、インパクトが大きく不確実性が高いイベントやトレンドの組み合わせによって構成される。

 

1973年石油危機が起きた際に、ロイヤルダッチシェルは石油危機が発生した場合の展開を想定していたため、いち早く行動を起こし、損失を抑え成長へと転化した。その成功が大きく取り上げられ、多数の企業が経営戦略に取り入れた。

ファイブフォース分析

Michael Porterが1980年に執筆した「競争の戦略」により広く知れ渡った。特定の業界内における競争の強さ(収益率)を分析する手法である。競争の強さは5つの要因によって決定されるとし、新規参入の脅威・代替品の脅威・供給業者の交渉力・買い手の交渉力・競争企業間の敵対関係から構成される。

ファイブフォース分析は産業組織論のSCPパラダイムがベースとなっている。SCPとは、産業構造を、市場構造(Structure)、行動(Conduct)、成果(Performance)という三つの枠組みで捉え、企業の収益性に、環境要因である市場構造と企業の戦略的行動がどう関連しているかを研究するという枠組みである。

1970年代のオイルショックの後、高度経済成長が止まり市場全体のパイが広がらない中、80年代になってシェア拡大のための対競合戦略の重要度が増してきていた。そうした中でポーターに代表されるポジショニング学派が打ち出した分析手法である

PPMマトリクス

ボストンコンサルティンググループによって、1970年代に提唱された。PPMとはプロダクトポートフォリオマネジメントの略語であり、企業における製品や事業の位置づけを把握し、最適なポートフォリオを決定するための分析手法である。

縦軸に市場の成長率、横軸に自社のシェアを置く事で4象限を作成し、製品や事業の経営判断(拡大、維持、縮小、撤退など)を行う。1960年代の米国企業はコングロマリット化を押し進めていた。コングロマリットにおける重要な経営課題は、個々の事業の位置づけや経営資源の配分であった。PPMはそうした課題解決の方法論として生み出された。

アンゾフのマトリクス

H. Igor Ansoffが1957年に提唱したアンゾフのマトリクスとは、企業が経営戦略を考える際に、各事業ドメインの位置づけを整理・分析する手法である。既存事業とのシナジーを前提として、市場と製品(サービス)の二軸に切り分け、それぞれ既存・新規と分けることで4象限に分類した。 

企業はまず、既存市場でシェアを伸ばせるか検討する(市場浸透戦略)。 次に既存製品が新たな市場を開拓出来ないか検討する(市場開拓戦略)。そして、既存市場にとって潜在的に関心のある製品を開発する(製品開発戦略)。最後に多角的成長機会を求めて、新市場に向けての新製品を開発する(多角化戦略)。 

1970年代に、企業が複数の事業を持つコングロマリット化が進む中で、各事業の方針を決める事業戦略だけでなく、全社の方針を決める企業戦略が重要視され始めた。更なる成長のために何を開発するのがよいか、どの分野へ進出するべきか、ということがこの時代の最も重要な経営課題であった。こうした中で企業の多角化方針を定め、事業のポートフォリオ管理をするためのツールとしてアンゾフのマトリクスが生まれた。

ビジネスプロセス/バリューチェーン

Michael Porterが1985年に執筆した「競争優位の戦略」の中で提唱した。(狭義の)バリューチェーンは、企業が原材料を仕入れて顧客に商品・サービスを届けるまでの全ての活動が最終的な価値にどのように貢献するのかを検討する手法を指す。

事業活動を機能毎に分解する事により、どの機能で付加価値が生まれているのか、自社の強みとなっている機能は何かを特定する。事業活動は製品・サービスが顧客に到達するまでの流れである主活動とそれを支える支援活動に分類される。 バリューチェーンは、原材料に価値が付加していくプロセスが企業の主活動であるという事を前提にして、顧客が受取る商品・サービスは主活動と支援活動のコストにマージンを乗せた状態であるという考え方である。バリューチェーン分析を行う際に重要な点は、事業活動の中で何が価値に貢献しており、コストが大きく掛かっている活動は何か、といった価値とコストのバランスを把握する事である。

 

尚、BCGはバリューチェーン再構築の概念としてデコンストラクションを提唱している。デコンストラクションではバリューチェーンを以下の5視点をチェックする事で機会と脅威を明確化出来るとしている。 ①バリューチェーン全体の中でコストの割に価値の低いところはどこか ②自社の事業は、顧客のバリューチェーンの一部か、全部か ③自社の事業で、ネットワーク化によって影響を受けるのはどこか ④現在の戦略的資産のうち、負債となるものはどれか ⑤どのような新しい活動・能力が必要になるか。(Porterがバリューチェーンを提唱した1980年代は製造業が中心であり、また企業内あるいはパートナーが事業活動を行う想定であった。)

現在ではインターネットの普及により消費者がマーケティング活動に加わったり、IT化による基本的な主活動自体が変化しているため、バリューチェーンを広義のコンセプトと捉えて活用の仕方を工夫する必要がある。

経験曲線

1960年代の後半、ボストンコンサルティンググループのB.Hendersonによって提唱された経験曲線は、特定の業務が繰り返して実行されると、そのコストが減少していくことを表す。その要因は学習・専門化・規模・投資などとされている。具体的には作業者の能率向上・作業プロセスの改善・標準化などがあげられる。1960年代に多くの産業で見られる普遍的な現象として発見される。経験曲線は理論モデルではなく、多様な産業の実データから導き出された傾向である。軍事的な事情から、航空機の大量生産と製造コストの削減が課題となったWrightによって提唱された習熟曲線の概念では説明困難な事象があったため、新たなコンセプトとして1966年に発表された。

3C分析

3C分析とは自社や事業部等がどのような経営環境に置かれているのか現状を分析し、経営課題発見、戦略代替案の発想などに活用するフレームワークである。3Cでは、まず「市場(customer)」「競合(competitor)」の分析からKSFを見つけ出し、「自社(company)」の戦略を策定する。大前研一氏がマッキンゼー時代に提唱したとされる。

市場分析では、市場や顧客のニーズ及びその変化をマクロ視点・ミクロ視点・顧客視点から検討する。続いて、競合分析では市場分析から得られた市場ニーズに対して競合がどのように対応しているのか、バリューチェーンやマーケティングMIXから仕組みやアプローチを把握し、財務分析からその結果に着目する。最後に自社分析では、市場の変化と競合の立ち位置から自社の取るべき戦略を探る。

コアコンピタンス

1990年代前半にロンドンビジネススクールのGary Hamelによって提唱されたGaryは業務階層におけるポジショニングと業務の中間に位置するコンピタンスが重要であると説き、その中でも競争力やニーズ対応力の素になっているものがコアコンピタンスである。

コアコンピタンスの要件は①模倣が困難である事②顧客価値を創出出来る事③応用範囲が幅広く多様な市場に通用する事とされている。1991年バブル崩壊後、アメリカ市場の景気拡大の初期に流行した。これまでの経営戦略論とは異なり、成長戦略に焦点を当てたコアコンピタンスは好景気の中で収益を拡大しようとする経営者の心を捉えた。

フォード生産方式

1914年頃にフォード社の生産技術者や現場の試行錯誤により完成した。フォード生産方式とは、少品種大量生産をコンセプトとして、製品の標準化と製造工程の細分化を特徴とした生産管理方式である。 製品の標準化とは、当時はT-型フォード1車種とすることにより、製造工程、部品などを統一することができ生産能率向上とともに原価低減にもつながった。 製造工程の細分化では、当時は自動車製造までの一連の流れを熟練工を用いて行っていたやり方を、特別な技術や知識がなくとも機械的に作業出来るレベルまで作業工程を分解し、労働者に特定の作業のみを行わせる方法に変更した。 これにより、熟練工が不要となりリソース不足の問題も解決し、その後導入される流れ作業化(ベルトコンベア化)により生産能率が更に向上した。

20世紀初頭は自動車はある特定の社会階層の人だけが保有する贅沢品であった。ヘンリー・フォードは、一般大衆も自動車に乗れるように価格を引き下げたいと考え、そのためには大量生産によるコストダウンが必要となってきた。ヘンリー・フォードは大量の製品を迅速に効率よく生産できるように、標準化と製造工程の細分化、移動組立ラインという方法を編みだした。 移動組立ラインの発想はシカゴの食肉処理工場から得たとされ、その後数年の試行錯誤の末に生産ラインとして完成した。

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