企業戦略とM&Aに関するコラム
市場獲得型水平統合戦略としてのM&A
今回のコラムでは、いわゆる水平統合型のM&Aについて、その特徴と買収上の留意点について整理してみたいと思います。
水平統合型の買収とはすなわち同業他社の買収を意味します。もちろん同業といっても、全く同じ事業を営んでいる会社は厳密にはこの世にはなく、またコア事業の売上、利益比率も当然異なります。しかし、ここでは、その会社のコア事業が類似する企業をイメージして、同業他社として議論を進めます。
下記図1-①を指します。
この、同業他社買収の主な目的は大きく2種類あると思われます。
・市場の獲得
・コスト効率化
まず、一つ目の市場(顧客)獲得のための水平統合(同業買収)について考えてみたいと思います。これはキリンビールが海外のビールメーカーを積極買収するようなケースが当てはまります。
例えばビール市場であれば、国内ではすでにシェアNo1で、十分なCashも稼いでいます。しかし、国内市場は成熟化しています。したがって、これ以上のパイの拡大が望めません。そこで、新興国などの新たな成長を取り込みたい場合に考えられるM&Aです。
同じ国内同業であれば、置かれている市場環境は似通ったものであるため、市場獲得という目的に照らすと、国内同業は買収ターゲットとしてはあまり魅力的ではありません。従って、このタイプのM&Aは必然的にクロスボーダー案件が多くなると思われます。
このようなM&Aの狙いは、特に世界規模で見た場合に、市場(国)ごとに異なる製品(サービス)のプロダクトライフサイクルの「時間差」によるアービトラージを取りに行く戦略とも言えます。
■期待される買収効果(シナジー)
このようなM&Aでは、どのような買収効果(シナジー)が望まれるでしょうか。基本的には売上シナジーが重要になると考えられます。新興国市場に自社の商品を展開する、ターゲットの既存商品を自国に持ち込む(クロスセル)ことによる売上拡大です。ターゲットが展開してる低価格帯のラインナップに、両者で共同開発した中~高価格帯の新製品を投入する、といった形も考えられます。
また、海外の同業を買収する場合には、グローバルでのバリューチェーン再構築によるコストシナジーの検討も重要になると思われます。同業であるだけに、バリューチェーン上の機能や拠点は「かぶる」可能性も高く、これらをどう統合したり、棲み分けたりできるか、ということがもうひとつの焦点になると思われます。
■トランザクションの留意点、ディールブレイクイシュー
では、このようなタイプの買収を、トランザクションの観点でとらえた場合、どのようなことが特徴としてあげられるでしょうか。
まず、買収プロセスについて。ターゲット市場自体が成長段階にあるため、既存事業エリアで苦戦している競合他社同士(例えばヨーロッパの同業など)の激しい入札合戦になることが考えられます。
したがって、クロスセルの可能性やコストシナジーの実現可能性を見極めて、どこまでシナジー効果を前渡しして(高値で)買収しても採算が取れるか、ぎりぎりのバリュエーションが求められます。
M&Aのリーグテーブル上位の常連のようなグローバルな投資銀行がセルサイド、バイサイド双方のアドバイザーにつき、「仁義なき戦い」が繰り広げられるパターンです。
■取引スキーム
あくまで私見として感じる傾向ですが、100%株式買収(またはそれに準じるマジョリティーシェアの移動)に代表される比較的シンプルな株式譲渡スキームが多くなるように感じられます。
これは、ターゲットの特定の機能や商材が欲しいというよりは、そのエリアで事業を展開できる事業体全体を、基本的には丸ごと買収することが主眼になるためと思われます。
■PMIでのポイント
目的が異なる市場への参入である以上、やはり最も重要になるのは売上シナジーと思われます。特に自社の既存製品、サービスをいかに早く、多く新市場に乗せることができるかがポイントと思われます。したがって、相手の販売チャネルに自社製品をどうやって乗せるか、広告宣伝から始まり、物流、倉庫等のロジの共有化等も重要と思われます。
そして次の段階では、当然コストシナジーの実現も重要になります。つまり、グローバルでのバリューチェーン最適化です。しかし、これは拠点の統廃合など、痛みを伴うことが多いため、どうしても後回しになったり、手つかずになってしまうことも多いようです。
今回は、大型クロスボーダーM&Aに多い、「水平統合A型」のM&Aについて考察をしてみました。
次回は、コスト効率化を目指す「水平統合B型」のM&Aについて考察してみたいと思います。
全社戦略とM&A~全体像~
弊社のM&Aアドバイザリーサービスに関する最初のコラムのテーマは、全社戦略とM&Aです。これは、企業経営におけるM&Aの位置づけを考えるときの出発点となります。
M&Aは、全社戦略の中でどのような意味合いを持ち、どのような効果をもたらすのでしょうか。また、全社戦略において異なる意味合いを持つそれぞれのM&Aパターンは、トランザクションやPMIにどのような違いをもたらすのでしょうか。
このコラムでは、これらに対する弊社なりの理解をご説明したいと考えています。
既に多くの(おそらくほとんどすべての)M&A教本で触れられている通り、M&Aの戦略的意味合いをひとことで言えば、「選択と集中」という言葉に尽きます。つまり、経営戦略上M&Aは、いわゆるポートフォリオマネジメント変革の推進の手段として説明されます。
それでは、M&Aによるポートフォリオ変革には、具体的にどのような方向性があり得るのでしょうか。
上図は、ボストンコンサルティンググループのPPMマトリクスの各象限に位置する事業が、それぞれどのようなM&Aを行うことで、ポートフォリオ変革に貢献し得るかを示した図です。(弊社整理)。
最初の①はいわゆる水平統合(同業買収)型のM&Aです。これはさらに、攻め(市場獲得)のM&Aと、守りのM&A(コスト効率化)に細分化されると考えられます。ここでは、水平統合A型、B型と呼称しています。
※いわゆる攻め(水平統合A型)のM&Aは理論的にはCashCowの事業だけではなく、Dogsの事業にも適用され得ます。しかしここでは、Dog事業に適用されるM&Aは「起死回生型」として別分類をしています。
次の②はいわゆる垂直統合といわれるパターンです。M&Aにより自社のバリューチェーンを強化し、競争優位性を高めるのが狙いです。メーカーによる販社の買収や、研究開発に強い他社の買収などがこれにあたります。ケイパビリティ~の獲得という意味では、魅力的な工場用地を持っていたり、強い特許や、免許を持っている会社の買収なども、広義においてはこれにあたると考えられます。
次の③はいわゆる多角化のM&Aです。自社の既存事業ドメインとは離れていても、成長市場で強い競争優位性を持っている会社を買収して、自社に取り込むという狙いです。GEや商社など、ポートフォリオ管理が経営の根幹にある会社で多くみられるM&Aです。
次の④はあまり多くみられるM&Aではありませんが、ここでは起死回生型と呼称します。たとえば国内は競争が厳しく、市場も成熟している厳しい事業でも、海外の一部ニッチエリアではまだ勝負できる可能性に賭けるといった、いわば「起死回生型」です。ただし、このタイプのM&Aはやはり成功難易度も高くなると考えられます。
最後の⑤は撤退手段としてのM&A、つまり子会社や事業部門の売却です。日本企業の苦手分野ともいわれることが多いようです。またトランザクションの実施にあたっても他のタイプと同様に様々な論点があります。
このコラムでは、全社戦略=ポートフォリオ変革の方向性に照らして、M&Aを5つのタイプに分類してみました。もちろん、ターゲット企業の属性等に応じてM&Aには複数の目的や狙いがあります。従って、このような分類がすべてのM&A事例に完全に当てはまるわけでないことは明白です。しかしM&Aによるポートフォリオ変革の方向性を細分化することで、それぞれにおけるディールの特徴や留意点をある程度整理し易くなるのではないかと考えています。
次回以降のコラムでは、これら①~⑤について、それぞれの特徴やトランザクション実行段階、PMI段階でどのような困難や留意点が生じ得るのかを整理してみたいと思います。