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Homeコラム Column企業戦略とM&Aに関するコラムEBITDA倍率8倍は、結局高いのか安いのか?

EBITDA倍率8倍は、結局高いのか安いのか?

M&A業務を突き詰めると結局「その会社の価値はいくらなのか?」ということに答えを出す、ということになります。世界に1つとして同じ会社は存在しない中で、その会社独自の価値がいくらなのか、固有の可能性とリスクを考慮して価値を判断していくのは時に困難を極めます。そのような場合、特に実務の初期段階において目安になるとされているのが、EV/EBITDA倍率(企業価値/EBITDA倍率)です。

 

企業価値(EV)とは、評価対象企業の株式時価総額と純有利子負債(有利子負債‐現預金)及び少数株主持分の合計額であり、株主に帰属する価値と債権者及び少数株主に帰属する価値の総和を表します。厳密には債権者持分も本来時価評価されるべきですが、多くの場合負債の時価評価は複雑であり、実務上負債は簿価=時価と見做すことが多く、本分析もこの前提に立ちます。

EBITDAとは、利払い前税引き前償却前利益を意味し、簡便的には会計上の営業利益+各種償却費(主には減価償却費とのれん償却費)となります。これは、利払い前ですので、債権者と株主及び少数株主に帰属すべき価値の源泉を意味します。(※厳密には、EBITDA=税引き前当期純利益+少数株主損益+支払利息+法人税+減価償却費)

 

従って、EV/EBITDA倍率の算定式は、以下のようになります。


EV/EBITDA倍率=(株式時価総額+純有利子負債+少数株主持分)/ (営業利益+減価償却費) 

 

注:尚、この場合、EBITDAはいつの数値を使うのか、ということも非常に重要でかつ実務では扱いが難しい点です。株式時価総額は将来の価値を反映するのであるから、原則的には翌期の予想EBITDAを採用することが一般的です。しかし、予測値が開示されない場合、合理的な予測が難しい場合などは、実績のEBITDAを採用することもしばしばあります。

このEV/EBITDA倍率について、しばしばM&Aの際目安とされているが「8倍~10倍」という倍率です。成熟化が進んでいる日本のような先進国では、事業の成長性が海外の新興国等に比してどうしても低くなるため、8倍程度が妥当と見做されることが多いと思われます。一方、成長性が高い海外地域でのM&Aにおいても、10倍を超えるとかなり高いという認識が多いようです。M&A巧者といわれる日本電産の永守社長も、過去にEV/EBITDA倍率が10倍を超える案件は検討を見送るとコメントされています。(これは、永守社長さん一流の牽制も兼ねた「M&Aマーケットとの対話」なのかも知れませんが。)

では、実際のデータはどうでしょうか。日本を代表するいくつかの企業の、2001年以降2015年3月期のEBITDA倍率は次のようになります。(注:なお、予想EBITDA倍率が取得できないため、実績EBITDA倍率を用いています。従って、企業の永続的な成長を前提とした場合、予想EBITDA倍率より少し高くなっている可能性があります)

 

Ebitda1


 

これを見ると、典型的な輸出関連銘柄であるトヨタ自動車や、内需関連の安定企業である日清紡、東京ガス、東日本旅客鉄道などは、8倍~10倍程度程度の水準からそれほど大きくかい離していないものの、資源株である三井物産や、世界的な工作機械メーカーのファナック等、経済動向に敏感な銘柄は、10倍以下~30倍以上まで非常に大きく変動しており、安定的な水準を見出すことはできません。

 

上場市場には、内需型の企業から輸出型の企業、輸入型の企業、電力エネルギー等の安定企業から、半導体等の変動が激しい企業等多様な企業が上場しているため、実務上は類似する企業同士でグルーピングした上での倍率分析が必要となります。そのような分析をした場合、倍率が5倍程度のセクターから、倍率が15倍を優に超えるようなセクターまで多様です。では、EBITDA8倍~10倍が目安になるというのは、単なる都市伝説のひとつにすぎないのでしょうか。

そこで仮に、東証一部上場企業全体を一つの企業体「東証一部株式会社」と見立てて、全体のEBITDA分析を実施してみたグラフが以下です。

 

改定8倍1


 出所:EDINET他よりイグナイト作成

注:2018年8月19日改定:2015年12月に公開した本コラムの初稿に2016~2018年データを追加



面白いことにリーマンショックのような大きな景気変動が起きた時期も含め、ほぼ一定してEBITDA倍率が7倍~10倍のレンジに収束します。2001年~2018年までの平均値は8.3倍です。8倍が妥当という目安と大きな祖語がありません。

:東証1部には、一般的にはEV/EBITDA倍率を用いて分析することが不適当な銀行証券等の業態企業も多く含まれるが、東証一部企業全体を一つのポートフォリオと考えた場合、資金供給部門と資金需要部門はある程度バランスされる関係にあるとの前提で、銀行証券業等の除外はしていない)


これは、仮に東証一部上場の全銘柄を時価総額規模に応じた適切な比率で組み込むパッシブ型の運用をするのであれば、EBITDA8倍を切ってくるような水準では一般的には「割安」と捉えることができることを意味します。

 

こう考えると、投資ファンドの投資検討におけるIRR分析や、事業会社のM&A検討におけるDCF法による価値評価のような厳密な評価方法をおこなうことは当然としつつも、目安として8~10倍という水準を意識することは、少なくとも日本市場をベンチマークする場合はある程度有効と考えられます。逆に、DCF法等で論理的整合性があっても、EBITDA15倍というような評価になる場合はその根拠について慎重な検証が必要です。

 

ところでコラムの本題とは少し外れますが、この分析では興味深いのは、直近2016年3月期以降の実績EBITDA倍率をみると、2016年3月期と2017年3月期において、過去に一度もなかった、6倍台という低い水準になっていることです。では現在、東証一部企業は全体として、割安、なのでしょうか?

注:2018年8月19日改定:2015年12月に公開した本コラムの初稿では、2016年3月期の東証一部上場企業全体のEBITDA倍率を5.4倍と分析したが、その後原データの過年度修正がなされたため、修正後データに基づいて再計算した倍率をグラフ化している。この分析により本コラムの趣旨はかわらない。

これには少し慎重な分析が必要と思われます。東証一部上場企業のような効率的な市場では、本来裁定機能が迅速に働くため、EBITDA倍率で2ポイントに近い割安評価が成立することは少し考えにくいためです。

もし、6倍台(直近の2018年でも7.1倍)という評価が、「市場のゆがみ」ではないとしたら、6倍台が適正、という捉え方になります。つまり、残念ながら日本企業(を代表する東証一部企業群)は、潜在的成長可能性がこれまでより低いとみなされている、ということになります。

「割安評価」なのか「身の丈評価」なのか、結局のところ未来は誰にも分からないのですが、次のグラフを見ると一つのヒントがありそうです。

 

netdebt2018


注:少数株主持分情報がないため、企業価値は簡便的に株式時価総額と純有利子負債の合計額で算定しています。また、純有利子負債算定における現預金は、簡便的に全額を控除しており、必要運転資金分析は行っていません。

出所:EDINET他よりイグナイト作成



このグラフで、純有利子負債額の過去18年の推移をみると、150兆円~200兆円前後で推移してきた純有利子負債が、2016年3月にマイナスに転じています。純有利子負債がマイナスということは、現預金超過を意味します。

 

なお、この現金超過の源泉は2014年~2016年に獲得・蓄積された営業キャッシュフローであり、多くはアベノミクスによる景気回復の恩恵と推察されます。このような現預金の余剰自体(厳密には必要運転現預金を除く余剰資金であり、本分析では捨象している)は、価値を生まないというのがファイナンスの考え方ですので、その分EVが低くなる原因となります。

つまり、EBITDA倍率(EV/EBITDA) 6倍台になった原因は、分母のEBITDAが景気回復と企業努力により急激に拡大した一方で、純有利子負債がマイナスなり、時価総額の上昇分を相殺しているため、企業価値が利益の成長に比して伸びていないからだと捉えられます。既に多くの識者により指摘されていますが、優良企業を中心に、獲得した資金を社内に蓄積し(または借金の返済を優先し)投資や雇用の拡大にそれほど投下していないことが、この分析からも見てとれます。日本企業が近年このような行動をとり続けていることは既に多くで指摘されていますが、このグラフからも同様のことが読み取れます。

一方で2018年3月期のEV/EBITDA倍率はどうでしょうか。7.1倍と2年連続の6倍台からは脱却しています。しかし、グラフを見ればわかる通り、これは2018年に過去に続いてさらに力強く株価が上昇し、時価総額が増加した結果と言えます。純有利子負債は3年連続で拡大し、2018年3月期には80兆円に達しています。これは、GDP(2018年3月期:約550兆円)の7分の1にあたる大きな額です。

こう考えると、EV/EBITDA倍率が6倍台~7倍前半という水準は、市場が日本経済を「割安評価をしている」のではなく、「成長に疑問を持っている。(適切な投資選択肢が見いだせてない)」という、「評価の変わり目」である可能性があります。

 

ファイナンス理論のセオリーでは、適切な投資対象が見いだせないなら「自社株買いや配当により株主へ還元すること」が正解です。しかし、個人的にはこれは日本経済に限っては正解とは思えません。やはり、賃金への配分、そしてM&Aやベンチャー投資に対する配分が必要なのではないか。

賃金については、現在政財界一体となってそういった長期トレンドの形成に注力していますし、M&Aは引き続き空前の水準で推移しています。一方で、ベンチャーキャピタルがベンチャー企業に投資する額は2017年度で1,800億円程度です。事業会社が自己資金でベンチャー投資をする金額(CVCを含む)を合わせても、もおそらく2,000億円程度でしょう。これは米国の20分の1以下。GDP比率が2倍であることを鑑みても、10倍以上の差です。10兆円単位の巨額の現預金ポジションに対してあまりにも微々たる水準です。

弊社では、大手企業のM&Aアドバイザリーや戦略コンサルティング(主に自動車セクター)と並行して、自己資金によるスタートアップ投資を行っています。その過程で、大企業ではキャッシュの蓄積が進んでも、なかなか簡単にスタートアップへの自己投資やVCへのLP出資に踏み込みきれない実情を日々目の当たりにしています。

もちろんここ数年のオープンイノベーションの潮流もあり、そのような動き(スタートアップ投資やLP投資)が加速していることが事実です。しかしこれは、ようやくスタートアップ投資の水準が数年後に3,000~4,000億円には届くかもしれない、というレベル感の話でしかなく、80兆円の手元現預金の数パーセントにあたる、数兆円を超えるような額が動きそうだ、という話ではありません。どんぐりの背比べといったレベル感の話でしかないのです。

なぜスタートアップ投資が数兆円単位まで増えないのか
なぜこのような状況が続くのか。これについては今後も分析が必要ですが、弊社では以下のような仮説を持っています。


上場企業の資金や、そこから出資を受けているVCの資金は、ガバナンスされた資金(投資に説明責任と結果が求められる資金)だから。

東証一部クラスの大企業がアベノミクスの景気回復とともに内部に蓄積した現預金は、あくまで株主のものであり、その投資には明確な説明責任と比較的短期での成果が求められます。これはVCでも同様で、10年の運用期間中、実質5年で8年の投資を終え、7年が終了するころにはポートフォリオ全体で少なくとも3~5倍のリターンが見えている必要があります。

こうした「ガバナンスされた資金」は、事業投資であれ、LP投資であれ、特にスタートアップ投資で最もリスクの高い、プレシリーズA(死の谷のど真ん中)のようなステージに回る資金には非常につながりにくいというのが正直な現場実感です。

 

当然多くの善意ある投資家は(事業会社であれ、VCであれ)死の谷のど真ん中で投資することこそが使命という思いをみな強く持って投資活動をされています。しかし、やはり投資の7割は失敗するわけで、最近増えていると言われているM&Aイグジットでも、ニュースにならない多くの案件は元本回収もままならないというのが正直な実感です。そのような案件が数件続くと、ステークホルダー(出資者や株主)への説明責任を果たすために、より分かりやすく、皆が投資したい案件に資金が偏重していくことは仕方のないことです。

スターアップへの投資が数兆円単位で回るには、「ガバナンスされていない資金」がもっと必要

スタートアップ投資が増えない理由としては、他にももちろん複合的な要因はありますが、イノベーションとガバナンス、そして資金の関係でいうと、個人的には「緩いガバナンスしかない、または全くガバナンスがない」資金がもっと必要ではないかと考えます。

個人投資家
もっともわかりやすい例ではエンジェル投資家の自己資金がこれにあたります。「君の顔が気にいった!」みたいな理由でえいやっと流れるお金の量が、ここだけで少なくとも現在のスタートアップ投資水準である2,000億円水準まで増えないと厳しいのではないかという印象です。マザーズとジャスダックの時価総額合計は直近で約16兆円。このうちの1%程度がストックオプションの行使や現金化を通じてエンジェル投資の原資となれば、約1,600億円。少なくともエンジェル投資で2,000億円というのは、あり得ない数字ではないように思われます。

上場企業の短視的ガバナンスの適性化
次に考えられるのは、上場企業のガバナンス自体をもっと長期的な視点にシフトさせることが考えられます。ESG投資の考え方などもそのひとつと言えますが、もっと大胆な改革が必要です。最近になって、トランプ政権は大企業の決算を四半期から半期に戻すというアイデア(業界団体との協議)をツイートしましたが、これがもし実現すれば非常に大きなインパクトがありそうです。これはガバナンスの退潮ではなく、短期的で強すぎるガバナンスの根本的問題の是正と捉えるべきでしょう。

四半期開示どころか連結決算もなかった時代にトヨタはハイブリッドに投資した
ガバナンスが緩いなかでこそ、お金をなにに使うか、という経営者本来の価値観や能力が試されると考えます。トヨタ自動車は、バブル期に本業と運用で得た(トヨタは実は当時かなり先進的な財テクも行っていました)巨額の利益を、多くの企業が行ったリゾートや不動産開発には投資しませんでした。そのかわり、当時全く実現の目途などなく、世界中の自動車メーカーが本気でやらなかった、ハイブリッド技術の開発(回生ブレーキシステムを含む)に投じました。そして、自動車業界のゲームのルールを根底から覆したのです。

初稿:2015年12月
改定:2018年8月19日(初稿時点のデータを直近まで更新し、分析結果に基づき加筆修正しているが、本稿の趣旨に大きな変更はない。