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企業戦略とM&Aに関するコラム

なぜM&AアドバイザーはEBITDA倍率で語るのか ~Cash Free Debt Free Valueの深い意味~

 

小規模の国内案件から大規模なクロスボーダー案件まで、M&Aのニュースを目にしない日はありません。このようなM&Aニュースでは、「国内企業が海外の同業他社を300億円で買収」など、買収金額も合わせて公表されることが通常です。しかし、記事の中には、この買収金額がなに意味しているか、判然としないケースも多くあります。

M&Aで、「買収金額」(ここでは単純な株式譲渡のみを想定しています)」という場合、およそ以下の3つの可能性があります。

① 100%取得ベースでの株式価値(株式時価総額)

② 実際に取得する株式数の取得額(例:発行済株式の51%の取得額)

③ 企業価値(enterprise value)

 

買収とは、対象会社の議決権を取得する行為になるため、直感的に理解しやすいのは①又は②でしょう。実際、最終的に売り主に支払われる譲渡対価も、原則としてこの①又は②の金額になります。では、M&Aの交渉を進めるときも、最初から①や②をベースとして初期的な買収提案や交渉をすればよいのでしょうか?それはそもそも可能でしょうか?

 

 

そうではないというのが今回のコラムのテーマになります。実は買収交渉の過程で安易に株式価値に言及するのは買い手にとって非常にリスクの高い行為になることもあります。このことを理解するために、改めて「会社との価値とはなにか」を確認してみましょう。「会社の価値」とは、「会社が生み出すキャッシュフローの現在価値の総和」となります。事業価値と言われます。

 

 

この「事業価値」と「株式価値(株式譲渡代金)」は全く別物、というところが非常に重要です。しかし、コンサルティング系ファームからM&Aファームに移籍したての若手ビジネスマンなどで、この違いの意味を見落としているのではないかと懸念されるケースが今でも散見されます。※厳密には、この事業価値に非事業性資産(代々受け継がれてきた本業と関係のない不動産など)を加味したものが③の企業価値となりますが、ここでは議論を簡素化するために非事業性資産はないもの(事業価値=企業価値)と想定します。

 

 

この「企業価値と株式価値の違い」をきちんと理解するには、「会社は誰のものか」ということの再確認から入る必要があります。ファイナンス理論で「会社は誰のものか」と考えるとき、それはそのまま「会社が生み出すキャッシュフローの取り分を受け取る権利があるのは誰か」ということを意味します。これは、以下の3者になります。


A:国家(徴税権)

B:債権者(貸付債権)

C:株主(株主権)

 

このことをさらに直感的に理解するために、「企業価値」の全体を1個のホールケーキに例えてみます。言い換えれば、会社(ケーキ)は誰のものか、という問題は、「ホールケーキにどうやってナイフを入れてこの3者に配るか」ということを意味します。実際には、従業員や取引先など、営業活動上のステークホルダーも重要な役割を担うことはいうまでもありません。しかし、ファイナンスの理論上はこの3者が会社の価値の分配を受けることになります。

 

このうち、「A:国家」の取り分は、「税法」に基づき粛々と決められます。(税務当局と毎年戦う「豪の者」ももちろんいますが、通常はお上を相手にしたら黙って上納するしかありません。)また、「B:債権者」の取り分は、基本的に「元本の返済」となります。AとBが取り分を取って、残ったケーキがC:株主の取り分、すなわち株主価値になります。

 

 

こうして考えると、企業価値(ホールケーキ全体の大きさ)と株主価値(自分が食べられるケーキの大きさ)を混同したまま、交渉したり協議することはそもそもできないことが直感的に理解できます。特に、買収協議の初期段階では、まだ対象会社の有利子負債額や現預金残高、繰延税金資産/負債、繰越欠損金の有無などがわからないことがほとんどです。そのような状態では、「株主に残されるケーキの大きさについては判断しようがない。」というのが実務での一般的な状況で、まずは、ケーキの大きさ(企業価値)をしっかり議論することが重要です。

 

この「ケーキの大きさ」を議論するのに有用なひとつの指標が「EV/EBITDA倍率」です。買収協議の初期段階では、そもそもフリーキャッシュフローが厳密に計算できるだけの十分な情報がないことがほとんどです。これに対して、EBITDAは、税引き前利払い前償却前利益になりますので、前述の3者すべてに帰属し得る利益と捉えることができます。そこで、EBITDAを疑似的に簡易なキャッシュフロー指標と見做すことで、ケーキの大きさについて初期的な討議をすることが可能になります。

 

 

つまり、ケーキの大きさが、このEBITDA(多くの場合は今期予想EBITDA)の何倍あるのか、を他の類似上場企業などを参考にしながら議論することが可能になるわけです。M&Aの初期段階でEBITDA倍率がひとつの指標になるのはこうした理由からです。

 

このような「企業価値をベースにした買収価格」のことを、英語ではDebt Free Cash Free Valueといいます。特にクロスボーダー案件では、各国の税法の違いや現預金の定義の違い、有利子負債の性質の違いなどにより、前述の「国家、貸付債権者、株主」の3者に帰属する価値の分け方(ホールケーキへのナイフの入れ方)も異なる場合が多くなります。従って、まず「ケーキの大きさを決める」ため、Debt free Cash free での明確な価値合意を目指す必要性が非常に高くなります。

 

 これをきちんと合意しないと、オーナー株主への多額の配当行為、本業と関係のない多額のLBOローンの扱い、運転資金の恣意的な変動、オーナーによる会社貸付の扱い、などで祖語が生じ、当初想定していなった思わぬ高値での買収を余儀なくされるリスクすらあります。

 

最後に、冒頭で述べた様々なM&Aニュースの話に戻ります。こうしたニュースでは、多くの場合「株式取得価格」といった記載で、買収価格が株式取得総額を示しているケースが多いようです。しかし、中には企業価値を示しているか株式価値を示しているか、判然としない場合もあります。M&Aの価格についてのニュースや公表情報に触れる場合は、それが「ホールケーキの大きさ」(企業価値)を指すのか、「株主に配られるケーキの大きさなのか」確認しながら読み進めると、ディールのより深い理解につながると思われます。

買収価格=純資産+営業利益3年分は理論的に間違いか?~別に間違いではなく、場合によっては妥当な算定方法です~

最近弊社の実務を手伝ってもらっている学生アルバイト(慶應)のA君。ガッツもあり、飲みこみも早くなかなか頼りになります。そんな彼から質問を受けました。

「会社の売却価値評価をするときに、なんか仲介会社のホームページにはよく

 買収価格=(時価)純資産+営業利益3年分

とか書いてありますよね。でもこれってなんか教科書に書いてないし、適当というか、いいかげんな感じがします。やっぱり、企業価値評価のもっとも正しいやり方はDCFですよね?」

これと同じ、または近い考え方を持っている人は以外に多い(新人コンサルタントからも昔よくこういう質問受けました)と感じます。これについて弊社としては、

 

「別に間違いではないし、時と場合によってはそれが妥当な場合もあります」と回答しています。

なぜか。

DCF方式による企業価値評価は、本来所有と経営が高度に分離した近代的経営を大前提としています。このような企業体では、いわゆる情報の非対称性が非常に大きく、また債権者と株主との間に生じる利害相克もより大きなものになります。そのような中で、より客観的で合理的に、会社の価値を利害関係者に説明できる論理的枠組みがDCF評価です。いいかえれば、経営者が利害関係者(特に外部株主)に、大きな説明責任を負っている会社であることが前提です。

これに対して、いわゆるM&A仲介会社は、ほとんどの場合いわゆる同族経営(株主のほとんどを主要経営陣や親族が保有している)の小規模会社のM&Aを仲介しており、買い手もまた、同じような同族経営の場合がほとんどです。このように、「所有と経営が一致している」ケースでは、誤解を恐れず言い切れば、アカウンタビリティー(説明責任)はそれほど大きくありません。(但し、無借金が前提で、かつ税務上の評価に関しては別問題です)

このような場合は、買収価格は当事者が合意すれば別になんでも良いわけです。そのような中で、これまで経営してきたんだから純資産よりは価値が高いはず、そして今後3年位は今の利益水準の維持はできるはず、という経営者の一般的な心情に基づいて、純資産+営業利益(またはEBITDA)3年分というような評価をすることは創業者同士の肌感覚としては腹に落ちやすいものです。

また、こうしたそもそも論に加え、DCF評価にはその前提となる、事業計画(将来計画)の検証という、非常に難しくて、解釈のわかれるポイントがあります。買い手は当然将来性を保守的に読み、売り手は強気の計画をもとに高い価格での事業売却を意図します。

こうした事業計画の将来性については、両者が議論を重ねればすりあうというタイプのものではないため、買収価格は結局のところそれ以外の要素(買い手/売り手の交渉力、需給、タイミング等)で決まることが多くなります。

実務の(特に交渉の)現場でも、お互いのDCF評価をつまびらかに開示して、事業計画の妥当性や割引率の妥当性をお互い論破しあうというようなことはほとんど起きません。

 

しかし、DCF評価結果を見せ合って、お互いのミスや計算ロジックをつつきあい、そしてこのロジック論破合戦に勝った人が、正解(正しい株価)にたどり着くのが買収価格の交渉だと思っているビジネスマンが、特にこれからM&Aを本格的に学びたいと思っている、いわゆる「がっついてるビジネスマン」には結構多い印象があります。

弊社は、そういう場合、DCFの勉強ももちろんとても大事ですが、それと同じくらい、3表連動財務諸表をきちんと組み上げて、キャッシュフローの創出力を見極め、今後3~5年以内に獲得し得るFCFやEBITDAがどのくらいありそうか、確証を持つことがまず重要ですよ、アドバイスさせて頂いています。


では、DCF法はあまり意味がないのか。(例えば買収ファンドやVCの人などは、投資採算が最も重要なので、こういう考え方の方もたまにいるように感じます。)

当然そうではないといえます。前述の通り、DCF法は買収価格の客観的妥当性を外部の第三者意見を通じて利害関係者に説明するためのツール、説明責任を果たすためのツールとして非常に重要です。従って、特に公開会社やそれに準ずる大企業では、DCF評価では、社内のお手盛り評価ではなく、外部の第三者(会計事務所)による評価をすることが非常に重要となります。


結論:

買収価格に「論理的に正しい唯一絶対の正解」は存在しない。主観と客観と論理と感情がないまぜになった中で交渉を重ねる結果、最後にたどり着く不可思議な数字」

※たどり着かない場合は?⇒ディールブレーク。 (><)

 

EBITDA倍率8倍は、結局高いのか安いのか?

M&A業務を突き詰めると結局「その会社の価値はいくらなのか?」ということに答えを出す、ということになります。世界に1つとして同じ会社は存在しない中で、その会社独自の価値がいくらなのか、固有の可能性とリスクを考慮して価値を判断していくのは時に困難を極めます。そのような場合、特に実務の初期段階において目安になるとされているのが、EV/EBITDA倍率(企業価値/EBITDA倍率)です。

 

企業価値(EV)とは、評価対象企業の株式時価総額と純有利子負債(有利子負債‐現預金)及び少数株主持分の合計額であり、株主に帰属する価値と債権者及び少数株主に帰属する価値の総和を表します。厳密には債権者持分も本来時価評価されるべきですが、多くの場合負債の時価評価は複雑であり、実務上負債は簿価=時価と見做すことが多く、本分析もこの前提に立ちます。

EBITDAとは、利払い前税引き前償却前利益を意味し、簡便的には会計上の営業利益+各種償却費(主には減価償却費とのれん償却費)となります。これは、利払い前ですので、債権者と株主及び少数株主に帰属すべき価値の源泉を意味します。(※厳密には、EBITDA=税引き前当期純利益+少数株主損益+支払利息+法人税+減価償却費)

 

従って、EV/EBITDA倍率の算定式は、以下のようになります。


EV/EBITDA倍率=(株式時価総額+純有利子負債+少数株主持分)/ (営業利益+減価償却費) 

 

注:尚、この場合、EBITDAはいつの数値を使うのか、ということも非常に重要でかつ実務では扱いが難しい点です。株式時価総額は将来の価値を反映するのであるから、原則的には翌期の予想EBITDAを採用することが一般的です。しかし、予測値が開示されない場合、合理的な予測が難しい場合などは、実績のEBITDAを採用することもしばしばあります。

このEV/EBITDA倍率について、しばしばM&Aの際目安とされているが「8倍~10倍」という倍率です。成熟化が進んでいる日本のような先進国では、事業の成長性が海外の新興国等に比してどうしても低くなるため、8倍程度が妥当と見做されることが多いと思われます。一方、成長性が高い海外地域でのM&Aにおいても、10倍を超えるとかなり高いという認識が多いようです。M&A巧者といわれる日本電産の永守社長も、過去にEV/EBITDA倍率が10倍を超える案件は検討を見送るとコメントされています。(これは、永守社長さん一流の牽制も兼ねた「M&Aマーケットとの対話」なのかも知れませんが。)

では、実際のデータはどうでしょうか。日本を代表するいくつかの企業の、2001年以降2015年3月期のEBITDA倍率は次のようになります。(注:なお、予想EBITDA倍率が取得できないため、実績EBITDA倍率を用いています。従って、企業の永続的な成長を前提とした場合、予想EBITDA倍率より少し高くなっている可能性があります)

 

Ebitda1


 

これを見ると、典型的な輸出関連銘柄であるトヨタ自動車や、内需関連の安定企業である日清紡、東京ガス、東日本旅客鉄道などは、8倍~10倍程度程度の水準からそれほど大きくかい離していないものの、資源株である三井物産や、世界的な工作機械メーカーのファナック等、経済動向に敏感な銘柄は、10倍以下~30倍以上まで非常に大きく変動しており、安定的な水準を見出すことはできません。

 

上場市場には、内需型の企業から輸出型の企業、輸入型の企業、電力エネルギー等の安定企業から、半導体等の変動が激しい企業等多様な企業が上場しているため、実務上は類似する企業同士でグルーピングした上での倍率分析が必要となります。そのような分析をした場合、倍率が5倍程度のセクターから、倍率が15倍を優に超えるようなセクターまで多様です。では、EBITDA8倍~10倍が目安になるというのは、単なる都市伝説のひとつにすぎないのでしょうか。

そこで仮に、東証一部上場企業全体を一つの企業体「東証一部株式会社」と見立てて、全体のEBITDA分析を実施してみたグラフが以下です。

 

改定8倍1


 出所:EDINET他よりイグナイト作成

注:2018年8月19日改定:2015年12月に公開した本コラムの初稿に2016~2018年データを追加



面白いことにリーマンショックのような大きな景気変動が起きた時期も含め、ほぼ一定してEBITDA倍率が7倍~10倍のレンジに収束します。2001年~2018年までの平均値は8.3倍です。8倍が妥当という目安と大きな祖語がありません。

:東証1部には、一般的にはEV/EBITDA倍率を用いて分析することが不適当な銀行証券等の業態企業も多く含まれるが、東証一部企業全体を一つのポートフォリオと考えた場合、資金供給部門と資金需要部門はある程度バランスされる関係にあるとの前提で、銀行証券業等の除外はしていない)


これは、仮に東証一部上場の全銘柄を時価総額規模に応じた適切な比率で組み込むパッシブ型の運用をするのであれば、EBITDA8倍を切ってくるような水準では一般的には「割安」と捉えることができることを意味します。

 

こう考えると、投資ファンドの投資検討におけるIRR分析や、事業会社のM&A検討におけるDCF法による価値評価のような厳密な評価方法をおこなうことは当然としつつも、目安として8~10倍という水準を意識することは、少なくとも日本市場をベンチマークする場合はある程度有効と考えられます。逆に、DCF法等で論理的整合性があっても、EBITDA15倍というような評価になる場合はその根拠について慎重な検証が必要です。

 

ところでコラムの本題とは少し外れますが、この分析では興味深いのは、直近2016年3月期以降の実績EBITDA倍率をみると、2016年3月期と2017年3月期において、過去に一度もなかった、6倍台という低い水準になっていることです。では現在、東証一部企業は全体として、割安、なのでしょうか?

注:2018年8月19日改定:2015年12月に公開した本コラムの初稿では、2016年3月期の東証一部上場企業全体のEBITDA倍率を5.4倍と分析したが、その後原データの過年度修正がなされたため、修正後データに基づいて再計算した倍率をグラフ化している。この分析により本コラムの趣旨はかわらない。

これには少し慎重な分析が必要と思われます。東証一部上場企業のような効率的な市場では、本来裁定機能が迅速に働くため、EBITDA倍率で2ポイントに近い割安評価が成立することは少し考えにくいためです。

もし、6倍台(直近の2018年でも7.1倍)という評価が、「市場のゆがみ」ではないとしたら、6倍台が適正、という捉え方になります。つまり、残念ながら日本企業(を代表する東証一部企業群)は、潜在的成長可能性がこれまでより低いとみなされている、ということになります。

「割安評価」なのか「身の丈評価」なのか、結局のところ未来は誰にも分からないのですが、次のグラフを見ると一つのヒントがありそうです。

 

netdebt2018


注:少数株主持分情報がないため、企業価値は簡便的に株式時価総額と純有利子負債の合計額で算定しています。また、純有利子負債算定における現預金は、簡便的に全額を控除しており、必要運転資金分析は行っていません。

出所:EDINET他よりイグナイト作成



このグラフで、純有利子負債額の過去18年の推移をみると、150兆円~200兆円前後で推移してきた純有利子負債が、2016年3月にマイナスに転じています。純有利子負債がマイナスということは、現預金超過を意味します。

 

なお、この現金超過の源泉は2014年~2016年に獲得・蓄積された営業キャッシュフローであり、多くはアベノミクスによる景気回復の恩恵と推察されます。このような現預金の余剰自体(厳密には必要運転現預金を除く余剰資金であり、本分析では捨象している)は、価値を生まないというのがファイナンスの考え方ですので、その分EVが低くなる原因となります。

つまり、EBITDA倍率(EV/EBITDA) 6倍台になった原因は、分母のEBITDAが景気回復と企業努力により急激に拡大した一方で、純有利子負債がマイナスなり、時価総額の上昇分を相殺しているため、企業価値が利益の成長に比して伸びていないからだと捉えられます。既に多くの識者により指摘されていますが、優良企業を中心に、獲得した資金を社内に蓄積し(または借金の返済を優先し)投資や雇用の拡大にそれほど投下していないことが、この分析からも見てとれます。日本企業が近年このような行動をとり続けていることは既に多くで指摘されていますが、このグラフからも同様のことが読み取れます。

一方で2018年3月期のEV/EBITDA倍率はどうでしょうか。7.1倍と2年連続の6倍台からは脱却しています。しかし、グラフを見ればわかる通り、これは2018年に過去に続いてさらに力強く株価が上昇し、時価総額が増加した結果と言えます。純有利子負債は3年連続で拡大し、2018年3月期には80兆円に達しています。これは、GDP(2018年3月期:約550兆円)の7分の1にあたる大きな額です。

こう考えると、EV/EBITDA倍率が6倍台~7倍前半という水準は、市場が日本経済を「割安評価をしている」のではなく、「成長に疑問を持っている。(適切な投資選択肢が見いだせてない)」という、「評価の変わり目」である可能性があります。

 

ファイナンス理論のセオリーでは、適切な投資対象が見いだせないなら「自社株買いや配当により株主へ還元すること」が正解です。しかし、個人的にはこれは日本経済に限っては正解とは思えません。やはり、賃金への配分、そしてM&Aやベンチャー投資に対する配分が必要なのではないか。

賃金については、現在政財界一体となってそういった長期トレンドの形成に注力していますし、M&Aは引き続き空前の水準で推移しています。一方で、ベンチャーキャピタルがベンチャー企業に投資する額は2017年度で1,800億円程度です。事業会社が自己資金でベンチャー投資をする金額(CVCを含む)を合わせても、もおそらく2,000億円程度でしょう。これは米国の20分の1以下。GDP比率が2倍であることを鑑みても、10倍以上の差です。10兆円単位の巨額の現預金ポジションに対してあまりにも微々たる水準です。

弊社では、大手企業のM&Aアドバイザリーや戦略コンサルティング(主に自動車セクター)と並行して、自己資金によるスタートアップ投資を行っています。その過程で、大企業ではキャッシュの蓄積が進んでも、なかなか簡単にスタートアップへの自己投資やVCへのLP出資に踏み込みきれない実情を日々目の当たりにしています。

もちろんここ数年のオープンイノベーションの潮流もあり、そのような動き(スタートアップ投資やLP投資)が加速していることが事実です。しかしこれは、ようやくスタートアップ投資の水準が数年後に3,000~4,000億円には届くかもしれない、というレベル感の話でしかなく、80兆円の手元現預金の数パーセントにあたる、数兆円を超えるような額が動きそうだ、という話ではありません。どんぐりの背比べといったレベル感の話でしかないのです。

なぜスタートアップ投資が数兆円単位まで増えないのか
なぜこのような状況が続くのか。これについては今後も分析が必要ですが、弊社では以下のような仮説を持っています。


上場企業の資金や、そこから出資を受けているVCの資金は、ガバナンスされた資金(投資に説明責任と結果が求められる資金)だから。

東証一部クラスの大企業がアベノミクスの景気回復とともに内部に蓄積した現預金は、あくまで株主のものであり、その投資には明確な説明責任と比較的短期での成果が求められます。これはVCでも同様で、10年の運用期間中、実質5年で8年の投資を終え、7年が終了するころにはポートフォリオ全体で少なくとも3~5倍のリターンが見えている必要があります。

こうした「ガバナンスされた資金」は、事業投資であれ、LP投資であれ、特にスタートアップ投資で最もリスクの高い、プレシリーズA(死の谷のど真ん中)のようなステージに回る資金には非常につながりにくいというのが正直な現場実感です。

 

当然多くの善意ある投資家は(事業会社であれ、VCであれ)死の谷のど真ん中で投資することこそが使命という思いをみな強く持って投資活動をされています。しかし、やはり投資の7割は失敗するわけで、最近増えていると言われているM&Aイグジットでも、ニュースにならない多くの案件は元本回収もままならないというのが正直な実感です。そのような案件が数件続くと、ステークホルダー(出資者や株主)への説明責任を果たすために、より分かりやすく、皆が投資したい案件に資金が偏重していくことは仕方のないことです。

スターアップへの投資が数兆円単位で回るには、「ガバナンスされていない資金」がもっと必要

スタートアップ投資が増えない理由としては、他にももちろん複合的な要因はありますが、イノベーションとガバナンス、そして資金の関係でいうと、個人的には「緩いガバナンスしかない、または全くガバナンスがない」資金がもっと必要ではないかと考えます。

個人投資家
もっともわかりやすい例ではエンジェル投資家の自己資金がこれにあたります。「君の顔が気にいった!」みたいな理由でえいやっと流れるお金の量が、ここだけで少なくとも現在のスタートアップ投資水準である2,000億円水準まで増えないと厳しいのではないかという印象です。マザーズとジャスダックの時価総額合計は直近で約16兆円。このうちの1%程度がストックオプションの行使や現金化を通じてエンジェル投資の原資となれば、約1,600億円。少なくともエンジェル投資で2,000億円というのは、あり得ない数字ではないように思われます。

上場企業の短視的ガバナンスの適性化
次に考えられるのは、上場企業のガバナンス自体をもっと長期的な視点にシフトさせることが考えられます。ESG投資の考え方などもそのひとつと言えますが、もっと大胆な改革が必要です。最近になって、トランプ政権は大企業の決算を四半期から半期に戻すというアイデア(業界団体との協議)をツイートしましたが、これがもし実現すれば非常に大きなインパクトがありそうです。これはガバナンスの退潮ではなく、短期的で強すぎるガバナンスの根本的問題の是正と捉えるべきでしょう。

四半期開示どころか連結決算もなかった時代にトヨタはハイブリッドに投資した
ガバナンスが緩いなかでこそ、お金をなにに使うか、という経営者本来の価値観や能力が試されると考えます。トヨタ自動車は、バブル期に本業と運用で得た(トヨタは実は当時かなり先進的な財テクも行っていました)巨額の利益を、多くの企業が行ったリゾートや不動産開発には投資しませんでした。そのかわり、当時全く実現の目途などなく、世界中の自動車メーカーが本気でやらなかった、ハイブリッド技術の開発(回生ブレーキシステムを含む)に投じました。そして、自動車業界のゲームのルールを根底から覆したのです。

初稿:2015年12月
改定:2018年8月19日(初稿時点のデータを直近まで更新し、分析結果に基づき加筆修正しているが、本稿の趣旨に大きな変更はない。

マネジメントインタビューはいつやるべきか?

M&Aトランザクションにおいて、デューデリジェンスが重要なのはいうまでもありません。ビジネス・会計・税務・法務・環境、といった各視点でターゲットのリスクや投資採算性を精査し、適切な投資判断を行うための材料としなくてはなりません。

 

こうしたDDのプロセス全体のスケジュール立案、売り手FAとの調整・協議等のロジスティックスは、通常買い手のFAが担うことが多いのですが、最近ではM&A経験豊富な事業会社では自ら実施することも多くなっています。

 

このM&Aプロセス管理において、個人的に重要なポイントになると考えるのが、マネジメントプレゼンテーション/インタビューをいつ設定するべきか、という問題です。さらに具体的に言えば、通常2週間前後のデータルームDD(最近ではバーチャルが多いですね)期間の、冒頭にやるのか、最後にやるのか、という問題です。

 

マネジメントとの面談は、重要なDDプロセスの一部として、買収候補者がターゲット企業のマネジメントと最初に合う(多くの場合)重要なミーティングです。このマネジメントインタビューの目的を整理すると、おおよそ次の通りになります。

 

・経営陣の人となりを理解する

・経営陣と信頼関係を築く

・経営陣が考える事業戦略、事業計画を理解する

・DDにおける不明事項や疑問点を確認する

 

では、こういった目的に鑑みると、マネジメントとの面談はいつ設定すべきでしょうか。私なりの答えは、

 

「原則としては、なんとしてもDD期間の冒頭、一番最初にやる」

 

というものです。マネジメントインタビューは、買収候補者と経営陣がコミュニケーションをし、お互いを理解することが本質的にもっとも重要です。特に、オーナー系の会社は経営陣が取引相手でもありますから、なおさらです。また、もし経営陣と株主がが完全に異なる非オーナー系の会社でも、経営陣の考え方や事業の方向性が自社と会うかどうか等々、経営陣を理解し、信頼関係を築くことはとても重要です。

 

しかし、私の感覚では、日系企業は特に、マネジメントとの協議をDDの最後にやりたがる傾向があるように感じます。これは、DDでの発見事項やリスクをできるだけ把握してから経営陣にそれらを聞きたい、という意図が強く働くためです。また、各調査チーム(ビジネス、法務、会計、税務等々)も、データルームの資料にきちんと目を通してから効率的に質問したい、という強いニーズがあります。

 

もちろん、マネジメント面談は、DDプロセスの一貫ですから、その考え方も一理あります。しかし、それ以前に、日本人のカルチャーとして、まずはお互いが直接会って目と目を合わせて話をしてからすべてが始まる、という考え方があまり一般的ではないからのように感じられます。

 

もちろん、マネジメントプレゼンテーションと、マネジメントインタビューを明確に分けて、2回開催できれば、プレゼンテーションはDD開始の冒頭で、インタビューは最後で、設定すべきでしょう。しかし、多くの場合は、時間的制約もありそんな贅沢は許されないことがほとんどです。

 

であるならば、マネジメントとは、DDの冒頭に合うべきである、と考えます。お互いの顔が見えることで、初めて相手も、こういう考え方を持っているからあの資料を開示してほしいと言っているのだな、など、DDにおける確認事項のポイントを理解し、資料開示にもある程度積極的になってくれたりすることが多いと感じます。(もちろん、お互いの考えの溝が明確になり、逆効果になる場合もありますが、それはそれで早く結論が出てよいとも言えます)

外部専門家のインタビューは、必要に応じてライトパーソンとの間で別途設定するよう掛け合えば良いのです。

この私の考え方はおそらく賛否両論あるかとは思いますが、特にオーナー系、またクロスボーダーの場合は、多少無理をしてでも、なんとしても最初にマネジメントと合う、というのがとても重要だと感じます。

 

がんばれ クイックシルバー

クイックシルバー(QS)は、サーフィンをしない人でも恐らく多くの人が知っているグローバルサーフブランドであり、常に近代サーフィンの発展の中心にいたトップカンパニーです。世界中のプロサーファーのスポンサーとなり、ケリースレーターやステファニーギルモアなどのスーパースターを育て、多くの国際大会を主催してきたこの会社が倒産してしまうとは・・・

QSがチャプター11(米国連邦倒産法11章)の適用を受けて、再建に向けイチから出直しとのニュースに、ウィークエンドサーファーの私でさえも、ちょっとした衝撃を受けました。

 

一方で、ニュース速報で報じられた「近年のファストファッションブームに押され、業績が悪化していた。」(Yahooニュース)という記事には直観的に違和感を感じました。ほんとかいな?というざわざわ感です。

 

確かにQSは、傘下に女性向けアパレルのROXYも擁しており、サーフアイテムビジネス(ボード、ウェット等々)のプレーヤーというより、サーフカルチャーを軸にしたグローバルアパレルブランドというポジションです。しかし、クイックシルバーにせよ、ROXYにせよ、好きな人にはしっかり訴求していて、H&Mがありゃいいや、というほどブランド価値が毀損してるイメージは私にはありませんでした。

 

こうした事態に陥ったのは、どこかもっと別のところにも理由があるのではないか。そんな目線でQSの財務3表をちょっとながめてみると、時間をかけるまでもなく、非常にクリアにその理由が分かってきます。

 

 

■売上高の推移

QSは上場企業のため、詳細な財務データの取得が可能です。そこでまず1990年から2014年までの売上高の推移をグラフ化してみると、以下のようになります。確かにリーマンショックが起きた2008年以降で3割ほど売上が減少しています。大幅な減収ですが、3割減収して即倒産するほど体力のない会社とも思えません。(余談ですが、1990年以降2007年までの売上高の成長は著しく、まさにQSが、他のグローバルブランドと共に市場そのものを創造してきた歴史が感じられます)

 

QS


■バランスシートの分析

次に、バランスシートを非常におおざっぱに分析すると、総資産及び有利子負債の推移は次のようになります。これを見ると、ほぼ今回の事態の遠因が明らかになりそうです。

QSは2004年から2005年にかけて、社運を賭けたM&Aを2件実行しています。1件はスノーボードシューズを始め、ウィンターシーズンアイテムを中心に多くの商品を展開するDCshoes.そしてもう1件は、フランス発祥の伝統あるスキー関連ウィンターギア企業のロシニョールです。特にロシニョールの買収は、企業価値ベースで570MMUSD以上(当時のドル円≒90円で換算しても500億円超)の大型買収であり、買収価格も直近実績EBITDAの10倍を超えていた模様です。

 

これらの買収を経て、QSのバランスシートは一気に2倍以上に拡大し、有利子負債も増加します。(この有利子負債が、買収資金の調達によるものか対象会社の負債を引き継いだものかは明らかではありませんが・・・)

 

ところが、QSは2005年に買収したロシニョールを、2008年の8月には豪州に本拠のある投資グループのマッコリ―のフランス現地投資会社に、当時の買収価格の10分の1で売却してしまいます。恐らくリーマンショックによる経営環境の悪化が大きなトリガーになったと思われます。

 

DCshoesは未だにQSのグループブランドとして、ROXYと並ぶ3本柱の位置付けだとすると、やはりこのロシニョールの買収こそが、QSにとって大きな蹉跌になったと想像されます。

 

QS2

 

利益の推移

 

最後に、利益の推移を見てみると、さらに上記の分析が裏付けられます。QSの営業利益推移を確認してみると、なんと直近2013年までほぼ黒字を維持しています。ところが純利益はロシニョールを売却した2008年前後と、直近の2013年~2014年にのれんの償却を実施したタイミングで非常に大きな赤字となっています。どのような取引で発生した暖簾が償却されたのか(DCshoesか、それ以外のディールか)は残念ながらわかりませんが、いずれにしても過去の買収から生じた負の遺産がQSの財務を苦しめていたことは間違いないといえそうです。

QS3

 


 

なぜロシニョールを買収したのか

 

QSがロシニョールを買収した理由は、恐らくサーフとウィンター(特にスノボでしょうか)という、2大アウトドアスポーツをカバーし、ビジネスの季節変動性をカバーしあったり、チャネルや物流によるシナジーを期待してのことと思われます。

このM&Aの目的自体が間違っていたのかどうか、ここではそれを判断する材料は残念ながらありませんが、私は、少なくともターゲットはロシニョールじゃなかったんじゃないか、という感じがします。

 

スキーも少しかじっていたので、スキー界におけるロシニョールのポジションはある程度イメージがわきます。少なくとも私のイメージでは、かなりの「しぶちん」です。スキー歴20年のテクニカルレベルの壮年のスキーヤーが、車山あたりのカリカリのえぐい斜面をもくもくとカービングでぶっとんでいくしぶちんな感じ。なんだかんだで横ノリ系のQSとはだいぶカルチャーが違うような気がします・・・

ターゲットとしてのサイズもだいぶ大きいような気がします。バランスシートが2倍に拡大するような「一世一代の大勝負」というのは、やはり相応のリスクがあるということでしょうか。

 

■なんだかんだでたぶん大丈夫

 

本件に関する初記事を斜め読みする限り、今回のチャプター11適用には次のようなポイントがあるようです。

 

・破産法を適用されるのはアメリカ本国の事業のみで、ヨーロッパ、アジアの事業は適用外

・グローバルに展開する投資グループである、オークツリーからのDIPファイナンスを受け、その後もオークツリー傘下での再建を目指す模様(詳細不明です)

 

冒頭、ファストファッションの台頭は直接の原因ではないはずと書きましたが、もちろん売上が3割も減少するのは危機的であることにかわりはありません。ファストファッションの台頭も大きな脅威と思われます。が、過去のM&Aの負の遺産を背負ったまま、十分な攻め手を打てずなかったからこそ、ファストファッションに対抗した積極策が打てず、今に至ったということも十分想像されます。

 

であるならば、チャプター11の適用を受け、過剰な有利子負債を整理した上で再度事業の強化を目指すことは決して不可能ではないと思われます。なにしろ営業利益はほとんど黒字で、粗利率に至っては昨年でも5割近い水準です。

 

なにより世界のサーフカルチャーとビジネスを他のブランドと共に牽引してきた偉大な会社として、再び魅力的なサーファーを世に送り出してくれることを切に願います。(そういえばケリーが昨年QSチームから抜けて独自ブランドを立上げたのも、今回の件と無関係ではないのかも知れません)

 

ファンドが再建にあたるということは、3年~5年後には投資の出口を迎えるということになります。上場維持なのか、非公開化して再上場を目指すのか、オークツリーの出口戦略は分かりません。しかし、もし将来売却されるのであれば、ガッツと個性のある日本のアパレルメーカーで、世界のサーフシーンに打って出るような素敵な会社があれば、是非名乗り出てほしいものですね。(ユニクロ?違うな~)

 

 

ローソンによる成城石井買収の成否は?

■成城石井が好き

ブラジルの国民酒は「カシャーサ」である。日本ならいろいろな日本酒が買えるのと同じで、ブラジルのスーパーに行くと、様々な種類のカシャーサが販売されている。カシャーサをベースにしたカイピリーニャ(カクテル)は、日本でもいろいろなレストランやバーで提供されるようになってきている。

 

カイピリーニャは、家庭でも割と手軽に作れるカクテルである。たまに筆者も家で作るためにカシャーサを買いに行くことがある。そんなとき、比較的多くの銘柄から選べるお店は、筆者の知る限りでは圧倒的に成城石井である。お酒の専門店よりも多くの種類を置いてある店舗もある。もちろん、成城石井は酒類だけではなく、輸入チーズ/ワイン、ドライフルーツ、無添加食品などなど、ちょっと高いけど思わず欲しくなるものがあり、カシャーサを買いに行っただけのつもりが、ついつい、いろいろ買ってしまうこともある。

この成城石井は、ビジネスの視点でもとても興味深い会社だ。1927年に成城駅前で石井さんが始めた小さな果物店が、1976年に社長に就任した石井良明社長の代に法人となる。そして良明社長の元、高級スーパーマーケット業態に転換して成長していったその軌跡は、そのまま日本の高度成長終焉後(アフター高度成長)の中小企業、起業家の成功物語ともいえる。

また、確固たる戦略を貫く、という点でも、成城石井はとてもユニークだ。長く続いたデフレ時代でも、値下げとは一線を画して製販一体、高価格路線というポジションを貫き、利益率の低いスーパー業界で高い利益率を誇っている。とても腹の座った経営である。

さらに興味深いのは、成城石井は、ここ十数年の間にファンドも絡んでかなり頻繁な資本移動(株主の変動)があり、傍目からはかなり混乱に巻き込まれているようにも見える中で、連続して増収増益を達成している点である。そして今回のローソンへの売却。今後も含め、成城石井における株主と会社の関係が、経営にどのような影響を及ぼし得るのかは興味深いテーマだ。

成城石井の株主変遷

■創業家からレックスHDへ

成城石井の株主の変遷をたどってみると、最初の大きな資本移動は2004年に生じている。創業家が保有する株式の66.7 %をレックスHDが買い取り、さらに2006年には、株式交換を通じて100%子会社化している。レックスHDは当時ジャスダックに上場し、焼肉の牛角等を経営しつつ業態の多角化を図っていた飲食業界のベンチャー企業である。一時はコンビニのAM/PMなども傘下に収めていた。

■アドバンテッジパートナーズによるレックスの非公開化

次の転機は同じ2006年に起きる。このレックスHDの経営陣が、2006年11月に、投資ファンドのアドバンテッジパートナーズ(以下、AP)と共同で同社のMBOを実行し非公開化。(このMBOでは非公開価格の妥当性をめぐって裁判で争われた国内初の事例としても有名だが、これについてはまた機会あれば触れてみたい)

この非公開化に伴って、レックスの100%子会社である成城石井もAPの傘下に入る。注目すべきは、このAP傘下の時代に、成城石井の業績が急回復している点である。グラフは、日経ビジネスオンラインの2009年6月20日号「不況でも利益を2倍にするやり方」に掲載された成城石井の業績推移である。

成城業績

graph1

(元記事:http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20090618/198005/)

 

これを見ると、2006年の非公開化から2008年にかけて業績が急回復していることがわかる。前出の記事では、APが白羽の矢を立てた再生請負人である、大久保恒夫氏が社長に就任し、様々な改革を実行したことが背景にあると指摘している。(大久保氏が、どのような改革を実行したのかについては前出の記事に詳しく書かれている。また、NHKプロフェッショナル仕事の流儀にも出演されていて、こちらも参考になる)。

この事実は、レックスHDというストラテジックバイヤー(戦略投資家=事業会社)の元で業績低迷していた会社が、ファイナンシャルバイヤー(金融投資家=投資ファンド)にスポンサーチェンジすることで業績を急回復させることができた事例(ファンド業界用語でいえば、いわゆる「バリューアップの成功」)として、極めて説明力の高い(因果的推論が成り立ちやすい)例と言える。

一般的にファンドが送り込む再生請負人というと、いわゆる「鬼のコストカッター」「短期利益志向の鬼」「美しい戦略(マッキンやBCGが綺麗なパワポで納品するやつ)の展開」といったイメージが強いが、大久保氏の経営スタンスはこれと全く異なる。

「売上を追うな」

「ロスは出せ」

「当たり前(挨拶、清潔、笑顔)がすべて」

こうした信念を持つ経営者を、思い切って社長に迎え入れて任せるというAPの判断は、結果的に成城石井の顧客、従業員に極めて良い影響を与えたということが言えそうだ。

私自身のM&Aアドバイザリーや事業戦略コンサルティングの経験では、短期的な売上追及やロスの削減、効率重視の考え方は、最近ではファンドと同じくらい、場合によってはファンド以上に事業会社において厳しい。さらに事業会社は、自社の既存事業とのシナジー効果を実現するために、買収後はかなり深く対象会社のバリューチェーン全体に関与してくることが一般で、買収された側の経営の自由度はかなり狭まることも多い。

こう考えると、M&Aのプレーヤーとして、戦略的投資家は善でファンドは悪、といったリーマンショック以降の風潮(と筆者は感じる・・・)は、必ずしも正しいとは言えない。業績で見ると、APがレックスHDを非公開化した時(2006年12月期)の成城石井の業績は、売上高約370億円、経常利益593百万円(非公開化直前のレックスHD有報)。これが、丸の内キャピタルに売却した時(2011年12月期)には、売上高約490億円、経常利益2,290百万円になっています。つまり、売上高は約1.6倍、利益は実に約3.8倍にも成長している。

もちろん、APも、関与した投資先が破綻したりして、その顧客や従業員に大きな影響がでるなど、すべての投資が成功しているわけでは当然なく、単純にファンド礼賛ということではないが。

■丸の内キャピタルによる成城石井の買収

APは、業績を急回復させた成城石井を、2011年3月に丸の内キャピタル傘下の買収目的会社に事業譲渡する。複数の情報記事によると、この時の事業譲渡価格は約420億円とされている。一方で、レックスHDが非公開化する直前の成城石井の純資産は105億円(レックスHD第20期有価証券報告書)。さらに、APがレックスHDの全株式を2012年9月に株式会社コロワイドに売却した際のプレスリリース(http://www.colowide.co.jp/ir/ir_file.php?ir_no=163)によると、レックスHDが2011年に成城石井を売却した際、レックスHDは171億円の特別利益を計上しているとある。

このことから、丸の内キャピタルは、対象会社の事業価値について、簿価純資産105億円(時価純資産と同値という前提)+営業権相当171億円=約276 億円で評価し、さらに負債を約144億円程度(420億円-276億円)引き継いだ可能性が高いと推察される。(420億円という買収価格が、企業価値ベースであるという前提に立っている。また各種税務インパクトは考慮していない)

ちなみに、今回ローソンが成城石井を買収した際のプレスリリースによれば、2011年11月期のEBITDAは4,630百万円。従って、丸の内キャピタルが買収した際の420億円というのは、EIBTDAの約9.1倍の水準であると推察される。2011年はリーマンショックの影響も残る非常に厳しい経済環境であった中、小売りの業態でEBITDA倍率が9.1倍というのはかなり強いバリュエーションだったと考えられる。それだけ成城石井の売上・利益の回復・成長が驚異的だったということの証左と言えるかも知れない。

■丸の内キャピタル下での成城石井とローソンへの売却

~売却価格にまつわる公開情報の分析~

では、丸の内キャピタル下での成城石井はどうだったのか。今回の買収に伴いローソンが発表したプレスリリース(http://www.lawson.co.jp/company/news/095084/)によると、売上高は2011年12月期2013年にかけて約11%、営業利益は約15%成長している。本業は、引き続き成長し続けているといえそうだ。

しかし、一方で気になる点もある。それは、経常利益がほぼ横ばいになっている点である。これは、丸の内キャピタルが買収する際に、LBOの手法を活用して、調達した買収ローン(またはその後借り替えたパーマネントローン)を、成城石井に負担させているため、金利負担が増加しているためと推察される。

前出のローソンのプレスリリースによれば、ローソンの株式取得額は363億円(FA Fee等除く)と明記されている。これに対し、複数の報道によれば、企業価値ベースの買収金額は約550億円と推察される。したがってその差額(有利子負債相当額)は187億円。前述の推察では、丸の内キャピタルが成城石井を買収した際に引き継いだ負債が約144億円であるから、少なくとも40億強はローンが増えている可能性が高いことになる。

丸の内キャピタルの保有期間が約3年であり、その間にすでに返済された分があるとすると、AP傘下の時代から引き継いだ分も合わせ、2011年当時、有利子負債は最大約200億円程度(当時のEBITDAの約4.3倍)まで拡大した可能性が高いと推察される。

以上の推察を表にまとめると次のような形となる。

成城石井

※なお、上記分析は公表資料及び関連公表記事を元づき、一定の前提に基づいて実施した弊社の推定分析であり、
当情報の正確性、客観性についてなんら弊社が責任を追うものではない。

今回、ローソンが買収した際の企業価値550億円は、13年12月期のEBITDAの約9.7倍であり、丸の内キャピタルが買収を実行した際の同倍率(9.1倍)と、大きくは変わらない水準と推察される。また、負債についても、買収時の144億円(弊社推計)から187億円に増加している。(なお、ローソンが公表した、成城石井の今年8末時点での直近12カ月のEBITDAは7,254百万円であり、これと550億円を比較すると約7.5倍である)

こうした公開情報からの推察を前提として、丸の内キャピタルとAPの投資動向についてもう少し見てみたい。

■投資ファンドのリターンの源泉

バイアウトファンドの投資リターンは、大きくは次の3つであるといわれる。

利益成長:利益が成長すれば、当然企業価値が増大するため、同じマルチプル倍率でリターンをより大きくすることが可能となる。投資ファンドにおいて、もっとも基本的なリターンの源泉である。
デットレバレッジ:買収資金の一部を買収目的会社が有利子負債で調達し、買収後に対象会社(事業)と買収目的会社を合併させることで、買収資金の一部を対象会社に肩代わりさせる方法である。いわゆるLBOといわれる手法で、バイアウトファンドの重要なリターンの源泉だ。しかし、対象会社の返済能力の多くが、対象会社とは無関係の買収ローンの返済に充てられることで、本業のキャッシュフローにネガティブな影響(典型的には負債返済負担により新規投資余力が減少する点)を与えることはよく指摘されるところであり、賛否の分かれる手法でもある。
マルチプルアービトラージ:
これは、例えばEBITDA5倍で買収して8倍で売却した場合に得られる裁定利益である。これが可能になるのは、一つにはマクロ環境の変化だ。景気が悪いときと良い時では、同じ業種・企業でもマルチプル評価が異なってくるため、この間で異時点間の裁定取引が可能になる。または、EBITDA倍率で評価されがちな伝統的な企業を、PERで評価されるような成長性のある事業ドメインの事業に変革して評価をアップする、といった意味合いが含まれることもある。また、買収時に入札形式になるか、相対取引になるか等も、買収時、売却時のマルチプルに大きく影響する。これらの効果を総合して狙う裁定効果がマルチプルアービトラージである。
この3つのリターンの源泉に照らして丸の内キャピタルの投資動向を推察(参考としてAPと比較)してみると、次のようにできる。

リターンの源泉

丸の内キャピタル

AP

利益成長

売上:1.1倍

営業利益:1.2倍

経常利益:1倍

売上:1.6倍

営業利益:不明

経常利益:3.8倍

デットレバレッジ(LBO)

引き継いだ負債に加えLBOローンを活用して株式投資効率を拡大(弊社推計では40~50億円ほどLBO負債を上乗せ)

算定不能

マルチプルアービトラージ

EBITDA約9.1倍で買収し、9.7倍で売却(推察)
※売却直前期の通期EBITDAによる。ただし、直近12カ月EBITDA7,254百万円を採用した場合は7.5倍

算定不能

AP投資期間中のデットレバレッジ、マルチプルアービトラージは、APが投資をした時点では成城石井がレックスHDの子会社だったため、単純に推定することは困難である。しかし、上記表を俯瞰して指摘できることは、総じてAPは利益成長による投資リターンの増大を実現したのに対し、丸の内キャピタルは相対的にLBOによるレバレッジ効果で投資リターンの増大を実現(もしくは意図)しているように推察されるということである。

■LBOローンの影響

ここで一つの懸念が生じる。過度な有利子負債の増加(しかもそれは本業の事業資金向けのものではなく、ファンドが買収した投資の肩代わり)が、成城石井の成長や発展阻害要因にならないか、という点である。

もちろん、LBOという金融技術自体は、それ自体がすべてネガティブだとは言えない。例えば、MBOの場合、経営陣やその親族・関係者が自社の経営権を買い戻す際に自ら調達仕切れない多額の金額に会社の財務余力を充てるというのは、ある意味妥当である。リーマンショック以降、株式市場が低迷した際は、経営者がLBOを積極的に活用して、ファンドを参加させてない形でのMBOも積極的に行われた。

しかし、今回のケースでは、APがレックスを非公開化した際も、そして丸の内キャピタルが買収した際も、ディールとしてはMBOではない。LBOは、純粋にファンドのリターン向上手段として活用されており、それにより成城石井の営業キャッシュフローの一部がこの返済に費やされていることは、成城石井の財務健全性や、ひいてはそれがボトルネックになっての成長鈍化を招く懸念がゼロとは言えない。このことから、今回のディールの目的は、広い意味では三菱グループ間の取引であり、単なる借金の付け替えだ、と皮肉る投資銀行家のコメントもネットでは散見される。

そこでやはり気になるのは、ローソンの買収戦略である。投資リターンが目的の投資ファンドから、事業の発展を目的とする事業会社に経営権が移った以上、ローソン自体の本業と成城石井のビジネスがどう相互に買収効果を発揮していくのかが、今後の成城石井の成長可否に大きく影響すると思われる。

■今回の買収の目的は、水平統合なのか、多角化なのか

筆者は、企業の全社戦略に照らして、事業会社のM&Aの目的はおよそ5パターンに分類されると考えている。http://ignitepartners.jp/column/macolumn/300-m-a-column.html

ローソンの事業ポートフォリオを勝手に大ざっぱに分類するならば、コンビニ(ローソン)、事業はキャッシュカウであり、競争優位性は高いが市場成長性に代表される魅力度は相対的に低下しつつあると分析できる。ここに、高価格帯、高級食材という新たな成長マーケットで圧倒的な指示を得ている成城石井を「スター」として事業ポートフォリオに加えるというのがローソンの基本的な狙いと思われる。

問題はこれが、既存事業(コンビニ)の延長、または周辺領域・顧客を獲得するという水平統合(筆者の分類では水平統合A型)なのか、それとも限りなく新規事業に近い「多角化」なのか、という位置づけが、ローソンのリリースや、その後の社長コメント等を読む限りでは良く分からない点である。この位置づけがあやふやなままローソンによる成城石井の統合が進めば、レックスHD下で成城石井の経営が低迷してしまったのと同様の混乱の再現が起きてしまうのではないか、という懸念がある。

筆者は、個人的には今回の買収に対するローソン全社戦略における位置づけは「多角化」であるべき、と考える。ただ「店舗型の小売り」という業態が一緒なだけで、ローソンがやっていること、やろうとしていることと、成城石井がやってきたこと、やろうとしていることとは、全く違うと理解しているためだ。

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■ローソンの成城石井支援戦略

ローソンの経営陣も、「成城石井にローソンの品を置くことはしない」というコメントを発している。いわゆるM&A後の統合において、もっとも気楽に使われる言葉の典型である、「クロスセル」などの言葉を安直に使わない点では、成城石井という会社のブランドや経営のオリジナリティに関する一定の尊敬が感じられる。

しかし、一方で、ローソンのプレスリリースにある、買収後のローソングループによるサポート内容には、少し首をかしげざるを得ないものもある。

プレスリリースによれば、ローソンは3つの機能で成城石井の成長を支援する、とある。一つはロジスティクス、もう一つは顧客データ分析ノウハウの提供、そして三つ目は、店舗開発支援である。

■ロジスティック支援は有効か

一つ目の疑問はロジスティックスの支援である。筆者は、本来ターゲットとする顧客、そしてその顧客への商品、サービスが異なれば、最適なロジスティックスも異なるものであると理解している。典型的なのは成城石井が持つワイン、チーズ、多様な世界のチョコレートなどは、成城石井の最新の物流センターで高度に管理されている。

万事こうした設計思想に基づく成城石井の物流網と、高効率、大量輸送、リアルタイム配送を設計思想とするコンビニの物流網にどのようなシナジーがあるのか、いまいちぴんとこない。配送トラック網の効率化は多少はできるかも知れないが、そのコストシナジーを重視するあまり、今の成城石井の商品、サービスに最適化されているはずの既存ロジスティックスがないがしろにされないか心配である。

■購買データ分析ノウハウ提供は有効か

ふたつ目の疑問は顧客データの分析ノウハウの提供、である。もっとも疑問なのがこれだ。筆者はIBM時代、基本的にはM&Aや新規事業戦略のプロジェクトを中心に実施していたが、そこは天下のデータカンパニーであるIBMだったということもあり、顧客データに関するプロジェクトもいくつか経験した。

そこでもっとも痛烈に感じたのは、データがどれだけBIGになったり、分析がリアルタイム化しようと、優れた分析の根幹にあるのは、顧客との関係の在り方や、提供価値へのこだわりといった、経営におけるより上位の概念であるということだ。

例えばコンビニの経営管理の代名詞と言われるPOSデータと連動したリアルタイム在庫管理。これにより、コンビニでは日々売れ筋商品と死に筋商品が評価され、死に筋商品はどんどん姿を消す。

こうしたノウハウのことを、購買データ分析ノウハウ、というのであれば、成城石井の酒類コーナーにあるたくさんのカシャーサなど、典型的な死に筋商品としてあっという間に駆逐されてしまいかねない。(そんなの冗談じゃない。一ユーザーとしてはもしそうなったらぷんぷんである。)

大体、ローソンの得意な顧客分析を成城石井に導入するならば、成城石井でポンタカードを使えるようにするということだ。しかし成城石井でポンタカード出すなんて、正直あまりぞっとしない。データのリンクは裏でやるとしても、表向きはせめて成城石井カード、などにしていただきたいものだ。ブランドは小さな綻びからどんどん陳腐化していく。

成城石井が持つ顧客への提供価値と、それを体現するために自社内の日々のデータをどう読み説くのか。そのノウハウは、まさに成城石井の内部(にいる社員さん達の中)にあるのであって、ローソンにあるわけではない。

■店舗開発支援は有効か

そして、ローソンが挙げている3点目の支援ポイントが店舗開発である。実は、これがもっともリアリティがある支援ではないか筆者は感じている。成城石井が、どんどん店を増やして、店舗のクオリティーが下がるとしたら残念だが、今の提供価値を維持しつつ、訪ねて気持ちのいいお店がより多くの人に知られるのなら、それは世の中にとってとても良いことだと思う。成城石井は9割が直営店だから、店舗開発で最も重要なのは全国の候補用地情報であろうし、ローソンの店舗開発力には成城石井は足元にも及ばないだろう。

そしてなにより、この店舗開発支援においては、それに必要な投資に伴う財務的な支援を、ローソンの潤沢な資金が可能にし得るという点である。前述の通り、成城石井は現在営業キャッシュフローの少なからぬ部分を負債の返済に充てざるを得ない状況と推察される。

有利子負債の残高は、13年12月時点でEBITDAの約3.2倍。決して突出して多い水準ではない。丸の内キャピタルが買収した際、リーマンショック後のLBOローン市場の縮小により、ハイレバレッジの調達が困難だったことも背景にあるだろう。

これは成城石井にとっては幸運だったといえる。しかし、もし、筆者の推察通り、事業の成長を担う店舗開発のスピードにおいて、資金がボトルネックになってるのであれば、そこをローソンの企業体力で補うという、いわば「財務支援」こそが、成城石井の成長に対してローソンが短期で確実にできる支援ではないかと推察される。

この筆者の分析を前提とすると、前出の、「借金の付け替えが買収の目的」という投資銀行氏のコメントは後ろ向きに過ぎるが(たぶん負けた側のアドバイザーなのだろうが)あながち間違いとも言えない。

そして、この見立てを前提すれば、ローソンは少なくとも当面は、成城石井に対する関与方針としては、「連邦統治」でいくべきだし、恐らく基本的にはそうするつもりと思われる。そして、小売コングロマリットの親玉として、連結で利益に貢献してくれればいい、くらいのおおらかなスタンスで、成城石井が、楽しいお店であり続けることを支援して頂きたいものだ。

■尊敬するすごいプロ経営者

それにしても、AP傘下時代に成城石井の再建を主導された、大久保恒夫氏という方は、本当にすごい方だと思う。氏は、丸の内キャピタルに経営権が移る前に、プロパー出身の(成城石井一筋20年)原社長(現任)にあとを託し、社長を退任されている。ファンドが関わった案件でもうひとつよく聞くのが、落下傘社長(または参謀)がいなくなった途端にまた会社が、がたがたになるという話だ。しかし、成城石井は大久保氏退任後も順調に業績を拡大している。これは、氏が単なる一過性の影響を与えるスター経営者/カリスマではなく、会社のDeNAや役職員のマインドを大きく変革させ、新しい企業文化を築かれた(または失われたものを蘇えらせた)から、とも捉えられる。JALを再生させた稲森先生ともだぶる。こうした本当の意味でのプロ経営者が本当にいるということを知ることができたという意味でも、成城石井はとても学びの多い会社だ。いついっても楽しいお店であり続けてほしい。

起死回生の戦略としてのM&A

今回のコラムでは、起死回生型のM&Aについて考察してみたいと思います。これは、広義の意味では、本来水平統合の一種に分類すべきタイプのM&Aとも言えます。基本的には同業他社を買収することが想定されるからです。

 

しかし本コラムでは、既に既存市場で優位性のある事業の水平統合とはあえて分けて、このタイプを再成長(起死回生)型のM&Aとして分類してみたいと思います。

 

このようなタイプのM&A、例えば国内市場で長年業界トップ3に甘んじ、今後の国内市場でのシェア奪還が困難とみられる事業において、新興国など、成長期にある市場に他社に先駆けて参入し、そこでのシェア拡大を狙う戦略と言えます。特定エリア(国、地域)において、マーケットチャレンジャー、またはマーケットニッチャーである企業が取ると考えられる戦略です。

 

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業界3位以下に位置する、チャレンジャーやニッチャー(3位以下)にとっては、戦略の是非が事業に与える影響は、1位、2位の企業以上に非常にクリティカルだと考えられます。1位、2位が取るべき戦略的オプションはそれほど多くないのに対し、「業界3位またはそれ以下」というポジションは戦略のオプションが多いためです。逆に言えば、戦略次第で大化けする可能性があるポジションでもあり、ある意味非常に面白いポジションでもあります。戦略という意味ではインド市場で成功しているスズキの例が近いかも知れません。(スズキはインド進出を時間をかけて自前でじっくり行っており、M&Aで参入したわけではありませんが・・)

このポジションにある企業・事業は、それでも市場・サービスを進化、変化させて、成長を目指すか、教科書的な理論通り、早期の撤退、または最悪の場合は清算を決断するかどうか、という難しい判断を常に迫られることになります。

 

 

トランザクションの特徴・ディールブレークイシュー

 

このような案件の場合、既存市場で競争力が低い自社の事業が、成長性の高い市場にポジションを移すだけで本当に競争優位を築けるのか、という点について、非常に慎重な分析が必要です。

 

現地ローカルの先行競合企業には勝てるのか、勝つにはなにか条件となるか、ターゲットだけでなく、参入しようとする市場と業界構造、競争環境に関する洞察が他にも増して重要となります。メジャープレーヤーがひしめくアジアの新興国ではなく、ニッチな南米の中堅国のマーケットをあえて狙うなど、ニッチトップを目指す発想も有効になる可能性がありますが、それだけに他社がなぜ、やらないのか、もしくはできないのか、そこはブルーオーシャンなのか、不毛地帯なのか、強みを生かせるのか・・・慎重に見極める必要があります。

 

取引スキーム

 

新市場に先んじて参入して、先行者メリットを取ることが最大の目的となるため、ターゲット企業を丸ごと買収してでも、その販路に自社の製品を早く供給することが必須となります。

 

■PMIのポイント

 

一刻も早く新市場で自社の既存製品・サービスのシェアをあげることが最も重要になると思われます。また、これは水平統合の類型でもあるため、ターゲットとの他の競合があとから参入してきても脅威になりにくくする(または参入できない)ような手だてを講じることができないか、といった点も検討し、打てる手は早く打つことも重要です。

 

例えば、同業他社が次に買収しそうな競合を、先んじて追加買収してしまう。現地法に基づく重要な特許等を抑えて、参入障壁を高める、などが理論的には考えられます。そして、市場シェアを早く高め、競争優位性を早く築くために、時間との勝負がより重要になります。

 

今回は、起死回生型のM&Aについて考察してみました。しかし、このタイプの案件の実行は他のタイプのM&A以上に、価値実現のための難易度が高く、絵に描いた餅に帰することが懸念されます。本来撤退すべき事業が、撤退しないための「言い訳」になってしまう恐れもあり、より慎重な検討が必要と思われます。

 

 

6回のコラムで、全社戦略(ポートフォリオ変革)の観点で見たM&Aの意味合い、及びそれぞれにおけるディール、PMIの特徴等を概観することに挑戦してみました。当然、実際のディールでは、このような定型的な考察にとらわれることなく、次々と変わる案件状況にいかにアジャストし、知恵を絞ることが必要と思われます。

しかし、様々なM&Aを、自社の全社戦略と紐付て体系化し、様々なケースを想定して常に様々なシミュレーションをしておくことは、いざ案件が佳境に差し掛かったとき思わぬ役に立つこともあるのではないかと考えます。

 

撤退戦略としてのM&A

 

全社戦略とM&Aについて。今回のテーマは「撤退」です。

 

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撤退は、これまで日本企業にとって、最も苦手な意思決定の一つと言われてきました。清算にしても、売却にしても、「経営の失敗」と評価されることの恐怖(恥)。また、これに伴い実際に生じる様々な痛み(特に雇用に関する事案など)が、撤退の判断を迷わせる大きな要因と考えらえます。

 

しかし、経営環境変化のスピードが劇的に変化してくる中、撤退の判断を誤った場合の深手はさらに大きくなり、企業全体を揺るがしかねないことは、すでに多くの人が指摘するところです。

 

最近では、NECによるビッグローブの売却や、ソニーのPC事業の売却など、かなり早いタイミングでの戦略的な事業売却の事例も国内において増えてきました。結果的にはこうした早い決断が従業員の雇用維持等、できる限り痛みの少ない撤退につながっているように思えます。

 

トランザクションの特徴・ディールブレークイシュー

 

撤退の検討において重要なポイントは、案件の性質に応じて多くありますが、特に次のような点の検討が論点となります。

 

売却の範囲の検討:撤退するべき事業は、どの範囲とするのか、という問題。関連製品や、アフターサービス等の周辺ビジネス等で、他の事業と経営資源を共有しているものをどう切り離すかという問題が、最も難しく、また買い手候補との重要な取引条件にもなります。

 

スタンドアローン事業計画の策定:上記の売却の範囲と関連して、事業を切り離した場合に、例えばこれまで本社機能に頼っていた間接機能を自前調達した場合に、一体どれくらいのコストが追加でかかるか、といった、スタンドアローン事業計画の策定が大きな問題となります。

 

コスト面でなく、これまで親会社の販売チャネルに頼ってた事業が、自前になっても本当に売れるのかなど、事業の切り離しにおいては、とても多くの検討事案が発生します。案件によっては、結局のところ対象事業が、赤字なのか黒字なのか、買い手も厳密にはわからないまま(事業部門として、管理会計しかないため、独立したエンティティ―になった時にどうなるかが厳密には分からない、という場合)に、ビジネスモデルや業界ポジションを根拠に「えいや!」とばかりに取引が行われることさえもあると聞きます。(弊社では経験がありませんが・・・)

 

■取引スキーム

対象事業が、法人各としてひとつ(または複数)の子会社に完全に集約されている場合は、売却は比較的スムーズに実行することが可能になります。単純な子会社売却になるためです。

 

しかし、売却対象事業の範囲と、会社の法人格が一致していない場合、事業譲渡や会社分割等のスキームで、対象範囲を切り出すことが必要になるため、これらの検討や手続きには、法務、会計、税務の高度な専門知識と経験が必要となります。

 

したがって、事業売却においては、取引スキームは、買い手候補との重要な交渉論点の一つとなります。また、帳簿上は切り離すことが可能な資産でも、実際には物理的に分離が不可能な資産がある場合(工場の敷地等)には、そもそも意図した売却が物理的に不可能になることもあります。このような点は、売却検討の初期の段階でできる限り明らかにする必要があります。

 

■PMIのポイント

 

完全売却が実現すれば、基本的にはPMIは新たな買い手が担うことになりますが、顧客への一定期間の商品供給責任が生じる場合、人材の交流が続く場合、一部資本が残る(または再出資)場合など、撤退後も一定期間関与が必要な場合があります。

 

このような場合は、関与を完全に終了する期限や条件をあらかじめ契約で明確にした上で、できる限り前倒しでこれらを実行し、撤退を完全に完了させることが重要と思われます。

 

今回は、撤退のM&Aについてコラムを書いてみました。次回は、「起死回生のM&A」についてコラムを書いてみたいと思います。

 

 

 

多角化戦略としてのM&A

 

回は、M&Aを活用することにより、ポートフォリオの多角化を目指すタイプのM&Aについて考察してみたいと思います。

 

このタイプのM&Aは、ポートフォリオ経営の視点から見ると、魅力度の高い市場で競争優位性を持ったポジションをすでに確立している企業を買収し、一気に連結の売上や利益の規模を拡大するという戦略です。

 

こうしたM&Aの特徴としては、より金融投資な視点が強く、既存事業とのシナジーをそれほど重視しないことが挙げられます。まさに、GEのイメルト氏がいう「止められないトレンド」を自社の成長に取り込むために、既存事業ドメインに拘泥せず果敢に買収を実施する戦略です。

 

このようなM&Aはどちらかというとかつての欧米系コングロマリット企業が積極的に行い、多くは結局失敗に終わった、という評価が一般的なようです。一方で、日本企業では、総合商社などはこれに近い狙いのM&Aを実行することがあるように思われます。

 

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トランザクションの特徴・ディールブレークイシュー

 

こうした案件は、買収候補者の戦略によって様々な目的に組み込まれ得るという特徴があります。つまり、ある候補者にとっては多角化狙いの案件でも、別の候補者にとっては、垂直統合や水平統合を目的とした案件になる可能性があるということです。金融投資的な案件という意味では、PEファンドなども強力な買収候補者としてあがってくる可能性があります。

 

魅力度の高い市場で競争優位性を獲得している企業は、キャッシュフローも安定して、財務的にも健全(有利子負債が少ない)であることが多いと想定されます。このような案件はバイアウトファンドにとってはレバレッジをかけやすく、またイグジット戦略も立てやすい魅力的なターゲットとなります。当然このタイプの案件は、水平統合A型の案件同様、グローバル投資銀行がアドバイザーとなって、非常に激しい価格競争(空中戦)となる例が多いと思われます。従って、バリュエーションでどこまで価格の上乗せ勝負ができるか、高値掴みしないためのシビアな判断が求められます。

 

■取引スキーム

 

このような案件では、バイサイドプレーヤーからすると目的に応じた様々なスキームが考えられます。(事業譲渡、会社分割等)しかし、水平統合を目論むプレーヤーは100%買収を提案可能でしょうし、売り手からすればそのほうが魅力的です。基本的には、「歯を食いしばって」シンプルな株式譲渡スキームによる100%買収スキームで最高値を提示する以外に買収成功に至る可能性は低いと思われます。

 

PMIのポイント

 

このタイプのM&Aの場合、ターゲットの事業は、自社の既存ドメインと関連が薄く、そのマネジメントにおいてもターゲット企業の経営陣への依存度は他のタイプに比して必然的に高くならざるを得ないと思われます。ガバナンスの方針としては、基本的には連邦統治主義で、現地マネジメントの経営スタイルを尊重しつつ、レポーティング体制や決済規定等のルールについて、できるだけ速やかに本国と平仄を合わせるような取組みが重要と思われます。

 

これをリスクの面から説明すると、このタイプのM&Aの最大のリスクは、ターゲットの経営陣・キーパーソンの離反、退職リスクです。したがって、買収交渉時点での、現地経営陣のリテンション戦略が、他のケースにも増して死活問題と言えます。

 

このようなM&Aは、「飛び地のM&A」という言い方をされることがあります。M&Aを巧みに活用して企業価値の向上を実現してきた、M&A巧者の経営者ほど、この「飛び地のM&A」はやらない、とおっしゃることが多いように感じます。(日本電産、JT、などなど・・・)

 

この「飛び地のM&Aはやらない」というポリシーは、事業会社からするとこうした案件が取り組むに足る戦略的意味合いが乏しかったり、かつて投資銀行に言われるままにこういうタイプのM&Aを実行した結果、散々な失敗に終わったという経験が背景にあるようです。

 

今回のコラムでは、多角化型のM&Aについてコラムを書いてみました。

次回は、起死回生型のM&Aについて考察してみたいと思います。

 

 

 

垂直統合戦略としてのM&A

 

今回のコラムでは、垂直統合型のM&Aについて分析してみたいと思います。

 

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このタイプのM&Aの目的は、主に次の2つと考えられます。

 

・バリューチェーンの機能強化による競争優位性の向上

・バリューチェーンを川下側(市場・顧客寄り)に拡大することによる新市場への参入

 

ひとつめは、垂直統合型そのものであり、研究開発に弱い企業が、研究開発型の企業を買収することで機能を補完したり、マーケティングに弱い企業がこれらの機能をなんらかのM&Aにより強化するといったパターンです。

垂直統合型というと、基本的にはこのひとつめのM&Aの目的(機能強化)をイメージすることが多いと思われます。

 

ふたつめのパターンは、製品製造メーカーで、販売をすべて代理店等に依存していた企業(販売店が顧客という意味でBtoBのビジネス)が、代理店を買収してエンド顧客へのリーチを確保するような場合です。

 

これは、一義的には「販売」という機能の強化と捉えることができます。しかし同時に、これまでと異なるBtoC市場への参入、という意味で、新たな市場への参入、と捉えることもできます。

ここでは、このふたつめのタイプのM&Aも含め、垂直統合M&Aは、広義では自社の競争優位性を高めるための機能強化、と捉えて、主にひとつめの目的に則した考察をします。

 

この、機能強化型M&Aは、水平統合型のM&Aに比べてより戦略的な目的が明確になりやすいという特徴があります。そして、目的が分かり易いが故に他のタイプのM&Aとは異なるむずかしさがあるように思われます。

 

■トランザクションの特徴・ディールブレークイシュー

 

このタイプのM&Aの案件の進み方としては、バイサイドによる、よりプロアクティブなアプローチをとることが多くなります。たとえば、欧州で、XX製品の研究開発機能を強化したい、現在料調達機能を強化したい、現地販売チャネルを確保したい、となった場合、そういったプロファイルに合う企業を自らリストアップし、タッピングしていく必要があります。

 

こうしたケースにおいて、持ち込み案件(売却が顕在化している案件)を待っていても、こうしたプロファイルに合うターゲットが出てくる可能性は相対的に低いと考えられるためです。従って、タップしては断られるということを繰り返し、結果がでるまでには数年かかるということもざらにあると思われます。とても忍耐強い取組みが必要になるケースと思われます。

 

一方で、こうした特定の機能を買収したいというニーズは、自社のバリューチェーン構築戦略から導出される個別性の高い動機であり、他社も全く同様の動機を持って同じターゲットを買収する意向を持っている可能性は相対的には他のケースより低いと考えられます。したがって、垂直統合型の場合、水平統合型案件と比較すれば、入札ではなく、相対かそれに順ずる形で進めることができる可能性は比較的高いと思われます。

 

また、案件の規模も相対的にそれほど大きくならないことが想定されます。特定の機能を手中にすることができるのであれば、基本的にはターゲット企業自体の規模は大きな問題とならないことが多いためです。

 

垂直統合型のM&Aにおいてもっとも困難なのは、「ターゲット企業が持つ、欲しい機能以外の経営資源や事業をどうするか」という問題です。例えば、自社としては調達機能だけが欲しいとしても、当然ターゲットは自社の事業の継続を考えれば、調達機能だけを売却することはほぼあり得ません。

 

したがって、欲しいもの以外をどれだけ買収スコープからはずすことができるか、また、それら「必要のない機能」も含めて買収した場合、どのような対応が必要か、ということが最も大きな課題となり、交渉の重要論点のひとつとなります。

 

■取引スキーム

 

このタイプのM&Aの場合は、事業譲渡や会社分割等のスキームにより、「欲しいもの(機能)だけを買いたい」買い手と、株式譲渡により、「まとめて売りたい」売い手との間で、取引スキームの交渉になることが多く見受けられます。しかし、各機能が有機的に繫がって価値を紡ぎだしている企業体を、必要な機能だけ切出すというのは現実的いにはあり得ないことがほとんどで、多くのケースでは、取引が成立するためには、買い手が会社全体を引き受けて、自社のバリューチェーンにそれをどう統合していくか(または部分的に整理するか)を考えることが現実的と思われます。

 

■PMIのポイント

 

分割スキーム等により守備よく特定機能や経営資源のみを買収できる幸運なケース以外は、ターゲット企業の事業を継続しつつ、特定機能を自社のバリューチェーンに組み込んで活用するためにどうするべきか、統合後の双方のバリューチェーンのリ・デザインとその実行が最大のポイントとなります。

 

守備よくコストシナジーまで実現できれば満点といえそうですが、効率的にそこに至るには、買収前の段階で、ターゲットのマネジメント層と統合プランをきちんと共有・合意しておくことが重要と思われます。FAのみならずこうした領域に専門性がある外部専門家をうまく活用できるかどうかも重要です。

 

今回のコラムでは、垂直統合型のM&Aについて考察してみました。

次回は、多角化型のM&Aについて考察してみたいと思います。

 

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