起業、投資、ベンチャーファイナンスに関するコラム
「感じる力が9割」という話
本屋があったら、とりあえず入ってうろうろする習性があります。その時、その時の旬なテーマや時代の雰囲気が、平積みされた新刊コーナーなどを見るとすごくよくわかります。アマゾンで買えば済む本でも、できれば本屋で買いたい派です。
そういう感じで本屋の中をザッピングしてると、ビジネス啓蒙書のジャンルでここ数年ずっと見かけるテーマの本があります。「伝える力が大事」というテーマの本です。
有名な本では「伝え方が9割」(佐々木圭一氏著)という本があります。いい本です。このほかにも、この派生として、ビジネスマンにとって「伝える力」がいかに重要か、ということをこれでもかと訴えてくれる書籍が本屋には山積みです。
「伝わる企画書の作り方」
「伝わるプレゼンテーション」
「伝わらなければ価値がない」
私は今M&Aの仕事を中心にしていますが、IBMコンサル時代はこの「伝える力」を強化するということの重要性を非常に強くたたき込まれまし、若手には結構シビアに叩き込みました。なので、これらの著書の意図については基本的に、100%賛成です。
ところが、これだけ「伝える力が大事」的な、コンサル的主張が幅を利かせてくると、元々天邪鬼な私としては「ちょっと待てよ」と言いたくなってしまいます。きっかけは、最近若い起業家の方や学生のアルバイトさんなどと話をする機会が増えて、彼らのとのやり取りから考えさせられる部分があったことです。
伝える力、という意味では彼らの能力は「ほぼゼロ」です。本人たちは一生懸命いろいろ言ったり、きらびやかな(そして目が痛くなるほどカラフルな)チャートをたくさん見せてくれますが、根ほり葉ほり聞かないと、なにをいいたいのかよくわからない、という場合がほとんどです。
では、伝わらないから意味がない、だから彼らに能力がない、ビジネスセンスがない、と断じてしまってよいのか。もちろんそうではないですよね。じっくり話をして、ああでもないこうでもない、こういうこと?ああいう例あるよね?とかいいながら煮詰めていくと、彼/彼女が一生懸命考えていることの核の部分がなんとなくわかってきます。
ああ、こういうことね、と既存の概念で括れることもあれば、「むむ!」と思わずこちらもドキッとするようなことを言ってくる人もいます。そういう人と出会うと、「伝える力が9割」的な発想にあまりにも凝り固まりすぎてしまうと、逆にある種の思考停止を生むのではないか、という気もします。
ベンチャーキャピタリストなどはその最たる例かも知れません。なんか、作ってくる資料も言ってくることもめちゃくちゃ粗いだけど、こいつがやろうとしていることはでかく化けるかもだぞ!しかもお金のにおいがちゃんとするぞ!という、「感じる力」。それなくして、「伝わらないから」という理由で縁がなくなってしまったら、もしかすると未来の原石との出会いを逃すかも知れません。
私自身、もう10年以上前、とある外資系投資銀行の中途面接のケーススタディーで、「伝えられない奴」の代表として、しょーもないことをぐだぐだと、(しかしたぶん一生懸命)しゃべったことがあります。
その時面接官だったパートナーの方は、それを「わけわからん」と一刀両断することなく、「それってこういうこと!?」「面白いね、それ!」と、こちらを乗せていろいろ引き出してくれました。その過程で思いもよらないほど自分の考え方も深まり、言いたいことの確信に迫れた感触がありました。(ああいうのを、コーチング、というのでしょうか)
残念ながらその時は最終で落ちてしまったのですが、面接を通じて自分を成長させてもらった、というような実感がありました。今思い返してみると、あのパートナーの方は、若造の私の言葉からなにかを「感じ取ろう」と真摯に耳を傾けてくれたのだと思います。そこには、「伝わらないからダメ」というような姿勢はなかったように思います。
普段、「伝わらないなら×」という考え方でしか仕事をしていないなー、と強い自戒を込めて、「感じる力」の大切さについても意識していきたいと感じます。