起業、投資、ベンチャーファイナンスに関するコラム
あなたの会社は売れるか?~ベンチャー創業者が理想のM&Aイグジットを実現するための条件~
弊社では、M&A戦略の立案や、ファイナンシャルアドバイザリー業務を主業としつつ、微力ながらライフワークとしてベンチャー企業向けのサービス・ご支援を手掛けています。こうしたお付き合いを続けている中で、最近はベンチャー企業の社長から、「IPO以外にM&Aも視野に入れて考えていきたいのですが・・・」というようなご相談を受けることがぼちぼちあります。
そのようなご相談を頂いた場合、弊社では、基本的には成功報酬で業務をやらせて頂いているため、ディールが成功し得るのか、見極めてから業務を受けざるを得ません。そこで、こういったご相談を頂いた場合は、対象会社の売却実現可能性診断、ということを最初にやらせて頂いております。
そして、これまで、このような売却実現可能性診断をさせて頂いた場合、残念ながらほとんどの会社が、「売却実現性なし」ということで、成功報酬ベースでのアドバイザリー契約をお受けすることができないというのが実態です。そしてそのたび痛感するのは、創業者は当然ながら、自分の事業に対する思い入れが強く(その分、当然高い価格で売れて当然、という思いも強く)、なかなか客観的に自社の売却可能性を理解するということは難しいということです。
そこで、本コラムでは、創業者の方が満足できるような、理想のM&A/事業売却が実現できる「重要なポイント」について、弊社の考え方として、3つの条件をご紹介します。(あくまで、弊社の考え方、です)
条件その1:資金的に自走できてるか
まず最初の基本として、営業CFで月々のキャッシュアウトを賄える状態に来ているかという点が極めて重要です。ただし、積極的な広告宣伝によりキャッシュフローが赤字という場合は、こうした成長投資を仮に抑制すれば、実質的にキャッシュ上自走できる状況にあるか、という意味になります。
この状態まで来ていないと、本質的には、売り手の交渉力はゼロになります。つまり、買い手は、会社の資金が尽きるか、尽きる直前まで待っていれば、適正価格よりも十分に低い価格で買い取れる可能性があり、基本的に、交渉を長引かせるほど有利になります。自走しているかどうかは、交渉力を持って、M&Aの成果を最大化するためには、最低限の絶対的な条件といっても良いでしょう。不良債権問題がたけなわだった時代、多くの銀行や企業が非常に低い価格で外資企業に買収されていったのは、いうまでもなく、資金繰り上のデットラインがあり、全く交渉にならなかったからです。
もちろん、特にベンチャーの場合は、自走していない会社の売却が実現するケースもあります。しかし、そのほとんどの実態は「アクハイヤー」(Acquisition+Hireの造語で、ITエンジニア集団等の市場で確保が困難な人材を、買収を通じてまとめて大量採用する)というケースではないかと弊社は考えています。弊社では、アクハイヤーは大規模採用活動のひとつの手段と捉えており、本質的にはM&Aではないと定義しています。
キャッシュフロー上自走していない状態でアクハイヤーが起きるのは、多くの場合資金が尽きる直前であり、実態としては救済M&Aに近い形を取るため、満足いく価格で売却することも難しいでしょう。特に外部投資家から資金調達している場合は、最低限、支援していただいた投資家等に、優先分配等を返済して(A種優先株スキーム等を活用している場合)、創業者は、出資元本がぎりぎり帰ってくればそれでよし、というのが落としどころにならざるを得ないはずです。
条件その2:
買収先の顧客に、すぐ売り込めるプロダクト・サービスを持っているか。または、ロイヤリティの高いユニークなセグメントの顧客・ユーザー群を持っているか。
ベンチャー企業のM&Aにより、買収側に期待されるシナジー効果は、基本的には次の2つになります。
① 製品クロスセル
買収したベンチャーの製品、サービスを、親会社の顧客に展開する。
② 顧客クロスセル
親会社の製品、サービスを、買収したベンチャー企業のユーザーに展開する。
M&Aを検討するような大企業は、基本的には確立された顧客基盤を持っており、この既存顧客基盤に提供できる新たなプロダクト、サービスを常に探しています。このようなサービス、プロダクトを持っている企業を買収するというのが、①の製品クロスセルシナジーであり、ベンチャーのM&Aの多くは、このケースと思われます。
※但し、最低限のーザーに自社のサービスが売れている(プロダクトマーケットフィットが証明されている)ということが大前提。(製品・サービスコンセプトはあるが、開発中、または売上はまだこれからというケースではまず売れない)
また、特定職業や特定の年齢層など、ユニークな顧客基盤を持っているベンチャーは、そうした顧客基盤へのリーチができていない企業にとって、M&Aのターゲットになり得ます。特定の顧客基盤を持っているということは、その前提として自社の製品・サービスがユーザーにフィットしていることの証左でもあるため、こうした企業は、プロダクト、顧客の両方を取り込む狙いで、M&Aを実現させたい企業はきっといるでしょう。
条件その3:創業者が手離れできる状態まで来ているか
多くの創業者は、M&Aで事業を売却したら、一旦その事業から身を引いて、ちょっと骨休めをしつつ、新たなインプットを増やしてまた新たな事業を立ち上げたい(いわゆるシリアルアントレプレナー的なキャリア)、またはエンジェル投資家として、ベンチャー支援をしていきたいと思っている方が多いのではないかと思います。
そのような状態を望む場合、買収後の会社に従業員や役員として残り、業務の引継ぎのみならず、親会社の成長にコミットを求められたり、買収代金がその後の成果に応じて分割払いになったり、アーンアウト条項(ひらたくいうと成果報酬型での対価の受取り)をつけられたりすることは避けたいと考えている創業者の方が多いと思います。もちろん、キャリアとして大企業で思う存分大きな仕事をやるという選択肢も十分やりがいのあることでしょうし、どちらを選択するかは経営者の価値観によるかと思いますので、これは個々の判断です。
しかし、もし創業者が、すっきりとした引退を望む場合は、やはり、社内体制や組織がしっかりしているか、事業を取りまとめてくれるリーダーや社員はしっかり育っているか、などの体制整備が重要となります。また、残って引き続き事業を育てていくリーダーや社員が、新しい会社のもとで、満足いく条件で、やりがいを持ってはたらける環境を交渉過程できちんと勝ち取ることなども、創業者についてきてくれた従業員に報いるためには重要でしょう。
M&Aを、義理人情だけで判断することはできない
「キャッシュフローが枯渇するのを待って買いたたくなんて、そんなひどい人は僕の周りにはいないし、ビジネスは信頼だ!」という創業者の方も多いと思いますし、信頼がビジネスの根幹であることも、いうまでもありません。ましてや、M&Aのような大きな意思決定は、双方の信頼関係がなければ、お互いがただ不幸になるだけでしょう。信頼関係があることは、すべての大前提です。
しかし、一方で、M&Aは、買い手、売り手、それぞれの株主への説明責任や従業員への説明責任が明確に生じる重大な意思決定であり、買い手にも売り手にも、高度に経済合理的な判断が求められます。特に、M&Aを買い手として手掛ける大手企業(多くは上場会社でしょう)は、多くの株主や利害関係者、外部役員等の監視の目もあり、経済合理的に行動する必要があります。つまり、合理的であることは、残酷とか、非人間的、とか、人を信頼していないとか、そういう話ではなく、経営者にとっての「義務」と捉えるべきでしょう。
もちろん、M&Aは交渉ごとですから、どう考えても合理的と思われない、おかしな実例というも数多く存在します。しかし、社長の一存で、DD専門家の指摘を都合よく解釈、あるいは無視して、実態が良く分からないメディアの事業を、何十億もの大金で「えいやー」で買ってしまうようなことは、本来、特に上場企業では許されることではありません。創業者として、自社と自社のサービスを発展的に存続させる手段として、M&Aを真剣に検討するのであれば、そのような「エイヤー」系の会社にたまたま売れてラッキー、というような売却は目指すべきではないというのが弊社の考えです。
信頼関係がしっかり構築されていることを前提として、売り手・買い手・双方の経済合理性にあうストラクチャーとバリュエーションでの売却を目指すべきであり、そのためには、上記のような条件をひとつの参考として念頭に起きながら、会社をじっくりと磨き上げていくことが、結局のところ「王道のM&A」に向けた一番の近道だと弊社では考えます。
~今回は、「売却できる会社の基本的な条件」について書きました。次回は、「そうした条件に(部分的にでも)合致する会社」を、最も良い条件で合理的に売却するためにはどうするべきか、「成功するM&Aイグジットの売却プロセスの肝」について、コラムを書いてみたいと思います。~