テクノロジーとイノベーションに関するコラム
マーケットインを超えて~最終回~ビックデータマーケティング~
スティーブジョブズが作ったiPhoneは、「プロダクトアウト型」の製品なのか、「マーケットイン型」の製品なのか、という疑問をきっかけに、企業のマーケティング活動の形態を、無理やり?9つの類型に分類してみましょ~、ということにトライしてきましたが、最後のカテゴリーが、「ビックデータマーケティング」です。
上記の図では、横軸に、どれだけ「顧客の欲求を深く洞察しようとする姿勢」があるか、縦軸に、「ターゲット顧客のセグメンテーションをどの程度詳細化しているか」という2軸を取り、3×3の9マトリクスでマーケティングのタイプを分類しています。
この分類の最後が、「顧客自身もまだ知らない自身の欲求=潜在的欲求」を「個人レベルでターゲティング」するという、いわば究極とも言えるマーケティング手法です。
この一番わかりやすい例が、「アマゾンの書籍リコメンデーション」(あなたにはこんな本がおすすめですよ)です。グーグルの検索広告などにも当然こういったアルゴリズムが組み込まれています。フェースブック広告も当然同様ですね。ビックデータの分析アルゴリズムの発達により、こうした「個別リコメンデーション広告」は特にインターネットの世界では当たり前になってきています。まさに、「セグメンテーション」という伝統的マーケティングの概念を超え、かつ「本人さえ知らぬ自身の潜在的ニーズに訴求する」ことができるという意味で、究極のマーケティングともいえそうです。
ところで、私の知り合いに、フェイスブックの年齢をわざと101歳(非公表でわかりませんが本人いわく確かそのくらい)にしている人がいます。いわく「なんか、ライフイベントに応じた広告だかなんだか知らんが、やたらと引越しだの生命保険だの転職だの、田舎の母ちゃんじゃあるまいし微妙にむかつく」とのことです。
ビックデータアルゴリズムが最先端まで発達しても、移ろいやすい人間心理との微妙なずれが生じると、それは過去の遺物となったはずのポップアップ広告と同じ「うざい」存在になってしまうようです。人はいつでも、「自分のことを一番わかっているのは自分だ」と思いたい生き物であって、おすすめ、などというおせっかいは、「ばちっ」とはまらない限り、なかなか響くものではないのかも知れません。
こうした移ろいやすい人間心理を相手にするマーケティングの領域は、ビックデータテクノロジーの応用領域においても特に難しい分野ですが、しかし、少し異なる分野を見ると、ビックデータの活用はより確実な成果を既にどんどんあげており、分野によっては、「自分のことは自分が一番良く分かっている」などとは残念ながら言えないような状況が既に一般的になりつつあります。
「私は超安全運転だ」と信じているAさんがいるとします。Aさんは、「毎週末には車に乗るが、ゴールド免許を維持しており、自損も含め、事故経験の経験はない」ことを、「安全運転」の根拠としています。
しかし、日本にいる免許所有者の約5割は実はゴールド免許であり、毎週末に運転をする人もきっと数多くいるでしょう。その中に、Aさんより安全運転な人が半数以上いるなら、Aさんはそれでも自身を持って自分は超安全運転だ、といえるでしょうか。
自動車のIT化が進み、様々なIOT端末が発達してきているため、自動車の運転状況、急加速、急ブレーキ、エンジンの回転数、速度、車線変更のタイミング、そういったデータをすべて収集し、日本人全ドライバーの「安全運転度ランキング」を作成することは、恐らく今のビックデータ技術なら「朝飯前」です。さらに、そこに信号のデータをぶつければ、黄色信号で交差点に差し掛かったときに、Aさんが急加速して信号を突っ切るタイプが、手前で減速して止まるタイプなのか、運転の「やんちゃ度」をチェックすることも可能でしょう。
もう時効なので触れても良いと思いますが、IBMに在籍させて頂いていたとき、このような個人の運転特性を自動車保険に反映させる「テレマティクス保険」のビジネスモデルは、既に某大手保険会社との大規模な実証実験段階に来ていました。今から8年は前の話です。日本でも既にソニー損保等がサービスインしています。自分がどんなに「超安全運転」だと思っていても、ビックデータによる統計分析結果では、実はやんちゃ運転かも知れないのです。
このような領域では、「自分のことを良く知っているのは自分ではない」ということがもう当たり前になってきています。自動車の運転履歴、クレジットカード利用履歴、体に付けられたアップルウォッチから収集されるメディカル情報、フェイスブックの投稿内容、グーグル検索のキーワード履歴、こういった個人情報をワトソン君にすべてインプットして、人生のアドバイスを乞うたら、新宿の占い師もびっくりのありがたいお告げが頂けるかも知れません。
恐ろしいといえば恐ろしい技術ですが、正しい方向で活用されればiphoneを超えるようなイノベーションが生まれる可能性もあります。
このコラムでは、「ターゲティングをしないで」(全世界の人に)、潜在的な欲求を満たすサービスを生み出せるのは天才だけ、と延べました。(天才型マーケティング)しかし、ビックデータは、「すべての個客に対して個別の対応」が理論的に可能な技術です。すべての個客とは、実はすなわち、「みんな」ですから、ある意味「ターゲティングをしない」マーケティング手法と、対象者は一緒です。
ビックデータ分析技術がさらに深化することで、「天才でなくでも」「世界のみんな」にイノベーティブなソリューションがもたらされる日がいつか来るのかもしれません。