テクノロジーとイノベーションに関するコラム
フィンテックとは 1 ~資金余剰になっている経済部門(経済主体)から、資金不足の経済部門(経済主体)に対して、資金を融通ずる経済行動。それが「金融」
フィンテックという用語は、Finance+Technorogyの略称です。従って、解釈としては理論的に2つの文脈が考えられます。一つは、「金融が技術を変える」という文脈、そしてもう一つは、「技術が金融を変える」という文脈。しかし、前者の「金融が技術を変える」というのは、素晴らしい技術にはお金が集まる、という程度以上の意味合いはないと考えられるため、ここでは、「技術により金融が変わる」という文脈で、フィンテックを考えます。世間的な解釈もおそらく同様でしょう。
そこで、まず最初に確認が必要なのは、金融とはなにか、という点です。他の事業領域では、そもそも自分の事業領域を定義する、というのが難しいことが多いのですが、金融に関しては、古来経済学の研究対象領域でもあり、学術的には比較的はっきりとした定義が存在します。このコラムでは、こうした金融の一般的な定義に従って金融の機能を再確認し、その上でそれぞれの機能に対してテクノロジーがどのような影響を与え得るのか(または与え得ないか)を考察するというアプローチで、フィンテックに関する分析をしてみたいと思います。
■そもそも金融とはなにか?
金融とは、資金余剰になっている経済部門(経済主体)から、資金不足の経済部門(経済主体)に対して、資金を融通ずる経済行動です。経済主体には、常に資金不足部門と資金余剰部門が存在し、全体としては不足と余剰がバランスする関係となっています。そこで、資金不足部門に対して資金余剰部門から資金を融通し、経済全体の資金効率を最大化するのが金融の役割となります。
■機能別に見た金融の種類
金融を、機能別に分類すると、たった2つの種類に分類されます。これは、いわゆるコンサル用語でいうところのMECEであり、それ以外はありません。具体的には、資金の出し手が資金の受けての経済変動リスクを、間接的に引き受けるのか(間接金融)、直接的に引き受けるか(直接金融)、の2種類です。
■間接金融とはなにか。
間接金融は、資金の出し手が間接的にしかリスクを負わないため、出し手に代わって資金の受け手のリスクを引き受ける機関が必要となります。これが金融機関であり、代表的な金融機関として商業銀行があげられます。商業銀行が、資金の出し手と受け手の間に立ってリスクを負担しつつ、これを仲介することを仲介機能といい、商業銀行のもっとも重要な機能です。
この商業銀行の仲介機能は、最初に述べたもっとも重要な機能である「リスク負担機能」と、これを支える「情報生産機能」及び「資産変換機能」から成ります。(各機能の詳細は下図参照)また、銀行は十分な資金量と、信用を背景に、様々な決済手段を社会に提供する「決済機能」も有しています。また、さらに信用創造プロセスを通じて預金通貨の拡大を図る、信用創造機能も、非常に重要な銀行の機能のひとつとなります。(信用創造は少し難解で、かつ本稿の趣旨とはあまり関係がないので詳細説明は割愛します)
これに対して、直接金融は、資金の出し手が直接リスクを負うため、本質的な意味で、直接金融を担う機関というのは存在しません。(しいて言えば、資金の出し手である個人や企業そのもののが、直接金融を担う機関となります)
■証券会社の機能
しかし、直接金融機能(市場機能)を働かせるために、証券会社が重要な働きを持つことは言うまでもありません。従って、このコラムのフィンテックに関する考察では、「証券会社の機能」も「金融の機能」と同等と扱います。そこで、証券会社の主要な業務(機能)を整理すると、下記のようになります。(詳細は下図参照)
■テクノロジーがもたらす金融業務の変革
「金融の機能」について整理をしたところで本題に入ります。主に商業銀行が担ってきた間接金融業務、または主に証券会社が担ってきた直接金融業務は、テクノロジーを活用した新興企業(フィンテックベンチャー)によってどのように代替され得るのか(しないのか)。それを考えるために、現在日本、あるいは世界で注目されつつある、フィンテックベンチャーの主要な事業領域と、金融の各機能を紐付て整理してみます。
このように整理してみると、間接金融の各機能、そして、直接金融機能の両方の領域で、既にフィンテックベンチャーが事業を展開していることが判ります。しかし一方で、間接金融のもっとも重要な機能である「リスク負担機能」について、これを主業としてになっているフィンテックベンチャーはまだ存在しない模様であることが判りました。銀行の信用創造機能は、リスク負担機能があることが前提となるため、信用創造機能を持つフィンテックベンチャーも存在しないことになります。
これに対する考察、解釈は少しおいておいて、次は証券会社が担う直接金融関連機能をフィンテックベンチャーがどの程度代替しているかを分析してみました。
同時に、間接金融、直接金融、直接金融関連業務のどれにも分類されないが、フィンテックベンチャーとして認識されている企業の業務を、「その他金融関連機能のフィンテックベンチャー事業領域)として整理しています。
これを見ると、証券会社の機能の中で、フィンテックベンチャーが特に注目されている領域が、人口知能を活用した、投資顧問、ポートフォリオアドバイス、運用代行といった領域にかなり集中している印象を受けます。また、発行市場における自己売買、委託売買といった業務をAIを活用して行うベンチャー企業も増えてきているようです。(ただし、これは既に証券会社が長年取り組んでいる領域ですが)こうした一方で、証券会社の伝統的な業務である募集・引受といった業務を侵食しつつあるフィンテックベンチャーはほぼ存在しないようです。
■フィンテクはバズワードなのか?
間接金融の中核機能であるリスク負担機能には、より多くの預金者から資金を集め、より大規模な融資として貸し出せる規模や体力が必要とされます。そしてそれを支えるのはいうまでもなく、長年の取引に基づく信用が最も重要な経営資源です。(そうじゃないという人がいたら、びっくりぽんです)
数百万人の預金者の預金を集積して、一定の預金準備率を維持しつつ、数千億円、ときには数兆円規模の融資を実行するといった、大規模な資産変換機能こそ間接金融機関の最大の使命であり、これはテクノロジーの集積のみならず、圧倒的な事業規模と、長年蓄積された与信情報(与信ビックデータ?)が必要になります。これらはフィンテックベンチャーが簡単に手に入れられるものでしょうか。
また、証券会社の主要業務のうち、発行市場の業務ではまだほとんどフィンテックベンチャーは存在しないようです。また、アルゴリズム売買や人口知能売買は、証券会社が既に長年かけて培ってきたノウハウそのものであり、これを個人向けにカスタマイズしたものが最近になって出てきた(完全に新しいイノベーションではない)と考えることもできます。
ではフィンテックはバズワードであって、実態のないバブルを生む「悪魔の誘い」なのでしょうか。私個人としてはそれも違うと感じています。現在、日本の商業銀行をはじめとする間接金融機関は、貸出残高を思うように伸ばせていません。一方で、やはり中小企業を中心として資金不足になっている経済主体は多く、資金余剰部門と資金不足部門を仲介して経済の資金効率を高めるという金融本来の機能を果たせているとは言い難い状況です。この原因は様々考えられますが、少なくとも市場にこうしたギャップが存在し、それを既存のプレーヤーが解決できないのであれば、あらたな担い手が出てくることは必然と考えられます。
このような現状理解と、フィンテックベンチャー各社の意欲的な取り組みを踏まえ、フィンテック領域における「5つの止められないトレンド by IGNiTE」(Unstoppable Trend) (弊社仮説)を整理してみました。分析から仮説に至るまでの間には、そうとうびっくりぽんなジャンプがあるように感じられると思いますが、以降のコラムでこれらの仮説について少し詳しく分析していきます(たぶん) 。