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テクノロジーとイノベーションに関するコラム

仮想通貨の将来について考える2~銀行版デジタル円通貨の実現は産業構造の大きな変革をもたらす可能性がある

前回のコラムでは、ビットコインをはじめとする変動相場型の仮想通貨が主軸通貨になる可能性はないという見解を書きました。仮想通貨に関する2回目のコラムは、現在国内の商業銀行を中心に採用が検討されている「銀行版デジタル円通貨」について考察してみたいと思います。

 

今回のコラムの結論を最初に書くと、以下の通りです。

 

結論:
銀行連合が検討している対円固定相場制採用のデジタル円通貨は発展可能性が高い。もし本当に実現したら、銀行は大規模な構造改革に向き合わざる得なくなるが、ベンチャー企業にとってはスーパー人材招聘の大チャンス到来かも


現在国内では、みずほ銀行をはじめとする都銀・地銀連合が構想するJコインや、三菱MUFGグループによるMUFGコインなど、メガバンクを中心に研究開発が進められているデジタル円通貨構想がいくつか存在します。


 

また、監督官庁である金融庁は、こうしたデジタル円通貨の構想が個別に進み、それぞれの陣営がブロック経済を形成したり、異なる技術の乱立が預金者の利便性を低めるリスクを嫌っているのでしょう、広く民間商業銀行が連携して統一的な方向性を見出すよう業界に要請しており、今後みずほ陣営と三菱陣営が合流していく可能性もあるといわれています。


 

こうした、銀行主導のデジタル円通貨の実現可能性や、実現した場合のインパクト、また、ビットコイン等との違いについて改めて整理・考察してみることが今回のコラムの趣旨です。


■銀行預金は、元祖デジタル通貨であるという話

本コラムの導入として、まずそもそも「銀行預金データ」とはなにか、ということについて考えてみます。誤解を恐れずにいうならば、銀行預金データは立派な「元祖デジタル通貨」です。


 

例えば、私が東京でATMから入金した3万円は、サーフトリップに出かけた宮崎のセブンイレブンのATMからも引き出すことができます。この間、紙幣に蓄えられた3万円分の価値は、改竄されることなく、価値が変動することもなく、電子データとして銀行のサーバーに格納されます。そして、この価値は通帳台帳データとして保存され、宮崎のATMからコールがかかった時にデータが照合され、3万円相当の価値がある紙幣に再変換されて提供されます。


 

これが意味するところは、銀行は、現金(紙幣と硬貨)1単位と預金通貨(預金データ)1単位を、常に1対1の固定レートで交換することを保証して預金通貨を発行する、デジタル通貨の発行・管理体のひとつであるということです。(マクロ経済学で、いわゆるマネーサプライ(通貨流通量)を定義する際に、預金が通貨の一部としてカウントされるのも、預金が現金とは異なる通貨の一種であると捉えることができます。)


しかし、ごくまれにこの1対1の交換レートが守られない事態が起きます。これが、銀行のデフォルトと呼ばれる現象で、例えば100万円あずけたのに、70万円しか返ってこないということがあり得るわけです。


これは、預金通貨が現金通貨との固定相場制を維持できず、預金通貨の価値が現金通貨に対して切り下がってしまったことを意味します。これが、他の銀行に対する不信にまで波及すると、預金者が一気に預金通貨と現金通貨の交換に殺到する(取り付け騒ぎ)ため、健全な銀行までも倒産してしまうことになります。これがいわゆる信用不安であり、固定相場制預金通貨制度の崩壊です。



このような事態が起きることなく、常に1対1で円と預金通貨(預金データ)を交換することを保証する(交換レートを固定する)ということは容易なことでありません。あらゆる預金者の求めに応じて、いつでも確実に、1対1のレートで交換できるよう一定の現金通貨を準備(厳密には日銀の当座預金残高の法定準備率以上の維持)しつつ、預金データの安全管理と運用に必要なあらゆる仕組みを、膨大なコストをかけて構築、維持しなくてはなりません。そしてそのコストを賄うために、融資や決済業務で十分な収益を上げる必要があります。



銀行は、この固定相場レートを維持し、預金通貨を安全に管理するため、膨大な投資(人材投資、統制組織の構築、そしてシステム投資)をしてきました。特にATMに代表される銀行基幹システムは絶対に停止してはならないものであるため、30~50年以上前から続く基幹システムに100階建てくらいの増築工事を重ねざるを得ず、そこで使われるアーキテクチャー(技術基盤)も、古めかしくも安定性のあるものにならざるを得ませんでした。いわゆる典型的なレガシーコスト(広義)の発生です。



このような膨大な管理・維持コストがかかる預金通貨固定相場制度維持の仕組みを、マイナス金利下の経済環境の中で運営・維持していくことが中長期的に可能なのか、これが今、銀行に突き付けられている根本的な経営課題であると弊社は捉えています。



■ブロックチェーン技術を活用して預金通貨を管理できるようになれば、預金通貨固定相場制の維持コストが劇的に下がる可能性がある。


このような環境下において登場してきたのが、ブロックチェーン技術を活用したデジタル通貨です。ブロックチェーン技術を活用すれば、これまで膨大なコスト(人件費、システム投資)をかけてきた固定相場制預金通貨管理システムを、劇的に低いコストで運営することができる可能性がある。これが、商業銀行がブロックチェーンを活用したデジタル円通貨に取り組む本質的な意味だと弊社は考えています。つまり、Jコインとか、MUFGコインといった名称は、それぞれの陣営が採用するブロックチェーンテクノロジーの種類や方式により、異なる名称を付けた預金通貨の新しい形を指す言葉と捉えているわけです。


■銀行版デジタル円通貨の実現がもたらすであろう構造改革をどう捉えるべきか

最後に、もし仮に、現在のデジタル円構想が実現に向けて進捗し、預金通貨の取引コストや、預金データベースの維持管理(=すなわち主要な商業銀行業務)コストが劇的に下がった場合、銀行経営にどのような影響があるのかということについて触れてみたいと思います。


結論としては、コスト構造の劇的な変革により、銀行は大規模な構造改革に直面するだろうと思われます。



銀行は、先に述べたレガシーシステムを維持するために、膨大な人員を抱えています。もし、銀行版デジタル円通貨が現実化した場合、もはや銀行に必要な主たる投資対象は、大量の人材ではなくなってしまうかも知れません。人材の代わりに投資対象となるのは、ブロックチェーンの取引記録を記帳するために、膨大なハッシュ関数演算処理を行うためのハイパワーコンピューティング能力になるでしょう。



※実のところ、各メガバンク陣営がどのような技術を用いて、ビットコインに組み込まれているマイニングとは異なる仕組みでこの膨大なハッシュ関数演算を行うのか、少なくとも弊社では詳細は分かりません。技術的には、これが銀行版デジタル通貨実現の最大のハードルになると思われます。



こうなると、もはや銀行は、ブロックチェーン分散台帳を維持管理するための、データベーステクノロジー企業に近くなるかも知れません。もちろん、融資業務等はある程度残るでしょう。しかし、大きなトレンドとして、貸付業務が今後再び大幅に伸びて収益の柱となる可能性は低いように思われます。そうなると、銀行の主たる業務は、預金管理とそこから派生する決済業務にならざるを得ないのではないか。(すでに多くの銀行の決済業務収益は貸付業務による金利収入と並んで収益の柱のひとつです)



ここ数週間の間に、銀行がRPA(Robotic Process Automation)の積極的な活用により、既存銀行業務の大幅な効率化を行い、それに伴う人員の削減に乗り出すと報道されています。この動きに、銀行版デジタル通貨の実現の流れが加わればさらにこの動きは加速するでしょう。



このような流れは、後ろ向きに捉えると暗い気持ちになりますが、前向きに捉えれば、特にフィンテック関連のベンチャーにとっては、極めて優秀な人材を多く招き入れることができる大きなチャンスとも言えます。有能な銀行出身者が加われば、出身母体のメガ銀行とベンチャーの協業も深められる可能性が高いでしょう。フィンテックベンチャー以外でも、優秀なCFOが採用しやすくなるかも知れません。




私は、日本のM&Aアドバイザリービジネスや投資ファンド業務が急速に拡大・発展できたのは、1990年代後半の経済危機の際、旧長期信用銀行や山一証券のトップエリートなど、普通なら絶対出てこないスーパー人材が、続々と転職市場や起業マーケットに出てきたことが非常に大きかったんだろうと感じています。(ひと昔前は、どこもかしこも、幹部層は長銀、山一出身者だらけだった気が・・・)



今後再び大きな構造転換を迎えるかも知れない銀行業務の変革も、大きな目で見れば新たな産業の発展につながる大チャンスかも知れません。弊社も、もっと稼げるようになってそういう優秀な人と一緒にやれる会社になりたい。てへぺろ(笑)



今回は、メガバンクが構想するブロックチェーンを活用したデジタル円通貨の可能性について考察しました。次回(最終回)は、デジタル円通貨の究極の理想形態といわれる、日銀によるデジタル仮想通貨発行の可能性と、伝統的金融政策効果の無効化リスクについて、書いてみたいと思います。(了)



仮想通貨の将来を考える~ビットコインが主軸通貨になる未来は(たぶん)来ない。しかし、Jコインが実現したら日本は激変するかもしれない~

今から1年半ほど前、フィンテックビジネス領域を俯瞰したうえで、今後この領域でどのようなフィンテックビジネスが創造され得るのか、弊社なりの仮説をまとめたコラムを書きました。

http://ignitepartners.jp/column/businessddcolumn/450-2016-02-14-10-24-09.html

このときのコラムでは、今後予想されるフィンテックの大きなトレンドとして、5つの仮説をまとめています。

 フィンテック仮説

 

この5つの仮説について、この1年半の動向を踏まえて、大幅に修正したり撤回する必要がある「想定外の出来事」は基本的にはないと考えています。一方で、特に仮想通貨に関する領域では前回のコラムの時点は想定できなかったほど、実に多様な動きが活発に起きてきています。


そこで、今回のコラム(3回シリーズを想定)では、特に5つ目の「仮想通貨技術の発達による既存通貨取引の減少と伝統的金融政策の無効化」という仮説について、最近の議論や動向も踏まえつつ少し深堀りして書いてみたいと思います。


最初に、このコラム連載における結論です。


結論1:ビットコイン、イーサリアムをはじめとする価格変動制の仮想通貨は、少なくとも主要通貨を駆逐することはない。通貨の安定性と信頼性を構成する「質の安定」と「量の安定」という2要素のうち、「量」の安定性を担保する仕組みが設計されていないからである。


結論2:みずほ銀行を中心に国内商業銀行連合が構想している対円固定レート方式のJコインは、発展可能性が高い仮想通貨である。


結論3:ブロックチェーンを活用した仮想通貨の便益を最大化するために理論的に最も合理的なのは、日本銀行がデジタル円通貨を発行することだが、早期の実現はおそらく困難。



今回のコラムでは、この3つの結論のうち、主にひとつめの結論について書いてみたいと思います。

本日現在のところ、ビットコインに対する評価は、好意的なものと懐疑的なものが入交り、確たる評価の方向性は定まっていないという印象です。このような中で、最初の結論で書いたように、ビットコインやイーサリアムなどの価格変動型暗号通貨(以降、「ビットコイン等」といいます)が、既存通貨を駆逐することはないと断定するのは、早計と感じる人も多いかもしれません。


しかし、金融論の基本的な考え方に照らせば、現在のビットコイン等の仮想通貨が、通貨に必要な安定性の要件を十分には満たしていないと言わざるを得ないと弊社は考えています。本コラムではこの論拠について説明をしてみたいと思います。


■そもそも、通貨の安定性とはなにか。

本コラムでは、そもそも、通貨が満たすべき安定性の要件とは、「1.質の安定」と「2.量の安定」であると定義します。それぞれ順番に考察します。

まず、通貨の「1.質の安定」とはなにか。

 

 

① 偽造が困難で、偽造した者に対して厳罰を科すことができる。
② すべての通貨を同一品質で供給できる。
③ 流通コストが低い。

古来、こうした通貨の質を担保するためには、巨大な力(国家権力)が必要でした。例えば、金、銀、銅といった希少金属を発掘し、鋳造し加工し、一定品質で大量生産できる技術と労働力の確保。また、通貨の偽造犯罪を徹底して罰することができる警察力。通貨の質の安定と信用の確保は、巨大な権力なしには実現し得ないものでした。最近話題になった「サピエンス全史」にもあるように、歴史において通貨は常に権力と一体だったわけです。

 

ところが、ブロックチェーン技術を用いて、ネットワーク上の分散型台帳に、実質的に書き換え不可能な形で記録される仮想通貨のデータは、これまで国家権力しかなしえなかった通貨の質の安定確保の問題を、テクノロジーで解決できる可能性があります。これが、ビットコイン等が注目される最大の理由であることは言うまでもありません。少なくともこの点においては、歴史上どの国家もなしえなかったほどの革命的なできごとであることは間違いないでしょう。


このコラムでも、ビットコイン等、ブロックチェーン技術を用いた仮想通貨が、この、通貨の質の確保を技術で解決し得る点については、実現可能性が高いと考えています。つまり、ビットコイン等の仮想通貨は、①偽造が不可能で、②品質が一定で、(電子データだから)かつ③流通コスト、管理コストが極めて低い、という3点を満たしているという前提に立ちます。これらは仮想通貨における議論の中心に位置づけられ、すでに十分な議論と検証がなされていますし、もし仮に今後技術的な問題が発生したとしても、おそらくそれは早期に改善される可能性が高いでしょう。


では、「2.量の安定」とはどういうことか。

 

では次に、仮想通貨は「通貨の流通量の安定性」を担保できるのか。という点について考察します。なぜ、流通量の管理が決定的に重要なのか。これが、このコラムの主題になりますので、少し冗長になりますが、最初にシンプルな思考実験をしてみます。


■黒曜石10個とりんご10個だけがある極めて原始的な閉鎖経済を想定する。

実際にはあり得ませんが、通貨の「量の安定」の重要性をシンプルに確認するために、黒曜石10個とりんご10個だけがある極めて原始的な閉鎖経済下の島を想定してみます。

ここで「りんご」は、実態経済の財を意味します。
そして、「黒曜石」はいうまでもなく、貨幣を意味します。
※黒曜石は、貝殻や宝石、金と並び、古代社会で貨幣として流通したといわれます。

この閉鎖経済の下で、すべての黒曜石とすべてのりんごが1回だけ交換された場合、りんごの価値は黒曜石1個と等価になります。つまり、黒曜石で測ったりんごの価値は、「1黒曜石」です。これを仮に「1k」とします。

次に、島の南の洞窟で、黒曜石が新たに10枚採掘(マイニング)されたとします。そして、同じように、すべての黒曜石がすべてのリンゴと1回だけ交換された場合は、黒曜石で測定したリンゴの価値は2kとなります。つまり、リンゴという実態経済の財に対して、黒曜石という貨幣の価値が半減し、貨幣価値が下落したことになります。貨幣価値の下落=これすなわちインフレです。このように、貨幣の流通量が増えれば、貨幣価値が下がりインフレが起きるというのが、いわゆる古典的な貨幣数量説といわれる理論です。


実際には、黒曜石が新たに発掘されても、リンゴとの交換が行われず手元に保有される場合は、インフレは起きません。従って、リンゴと黒曜石が取引される回数も、インフレに影響します。この取引回数のことを、経済学的には流通速度といいます。

 

 

こうした関係を数式で表すと、以下のような、「フィッシャーの交換方程式」と呼ばれる等式になります。

 

MV=PQ

 

M: ある期間中の任意の時点tにおける流通貨幣(通貨)の総量
V: 貨幣の流通速度(特定期間内に人々のあいだで受け渡しされる回数)
P:ある期間中の任意の時点tにおける物価水準(通常は基準年度を1としたデフレータ)
Q:取引量(特定期間内に人々のあいだで行われる取引量(quantity)の合計)



※余談ですが、このフィッシャー方程式は、いわゆる古典派経済学の理論の中核をなす要素のひとつです。古典派経済学と異なる経済学派(ケインジアン、新古典派など)との間では、特にこの貨幣流通量が生産量や付加価値(実質GDP等)の増大をもたらすか否か、(貨幣の中立性命題)について、激しい論争が繰り広げられてきました。しかし、生産量への影響はさておき、少なくとも貨幣の流通量が一定程度物価に影響を与える点においては、さまざまな経済学派の間でも、程度の違いはあってもおおよそ合意しています。従って、本コラムでも、フィッシャーの交換方程式が示す、貨幣流通量と物価の関係については、相関関係のみならず、一定の因果関係があるという前提で議論を進めます。


フィッシャーの交換方程式が示すことは、実態経済の物価水準(すなわち貨幣と財の交換比率)を安定的に保つために、通貨の流通量を管理することが極めて重要であるということです。この貨幣流通量の適切な管理こそ、近代通貨当局の最も重要なミッションの一つです。先に述べた、貨幣の質に加え、この「貨幣の流通量の安定性」が担保されて初めて、価値の測定尺度としての通貨の安定性(すなわち物価の安定性)が保たれます。


※ただし、本コラムにおける議論では、「物価」を当該貨幣以外の財全般のとの交換比率として定義しており、資産の質の違いは無視しています。具体的には、一般的な物価の指標である消費者物価指数は、いわゆる資産価格(不動産、株式等)やエネルギー財(石油とか)を含まない概念ですが、ここではもっと抽象的な財の概念として、これらすべてを含む「当該貨幣以外の財」の総合的な価格水準=「物価」ととらえています。近年の日本では、アベノミクスによる大規模金融緩和でも、物価が上がらないことが最大の課題と捉えられていますが、これは消費者物価指数(CPI)が上がらないことを意味しております。株式、不動産、または米ドルは、円に対して大幅に切りあがっているわけで、これらの資産価格の上昇まで含めて、総合的な物価水準というものを仮想定すれば、やはりアベノミクスによる金融緩和(流通量の増大)で、円は他の財に対して大幅に減価している=フィッシャー方程式の考え方は否定されていない、というのが本コラムの立場です)


ところが、少なくとも現時点ではビットコイン等の仮想通貨には、この通貨の発行量の適切な管理と、それがもたらし得る価格の安定を実現するアルゴリズムは、基本制度設計に組み込まれていないと考えられます。そもそもこの通貨流通量の安定に必要なのは、価格動向物価の安定を継続的に実現するための通貨需要量の管理主体であり、アルゴリズムで解決できる問題ではありません。


ビットコインは、取引記録の検証に参加した有志が記帳に成功した段階で、その報酬としてその検証者に対して新規発行されます。この行為がマイニング(発掘)と呼ばれ、高度な計算パワーを持つコンピューティングシステムが必要な作業とされており、現在主要なマイナー(発掘者)は電力等が安い中国などに集中しているといわれます。

マイニングの詳細については他の媒体に説明を譲りますが、本コラムで指摘したいポイントは、このアルゴリズムは、ビットコインの需要動向(価格)を考慮して発行量を決めるものではないということです。ビットコインは、一定期間ごとにビットコインの発掘量が減少していき、およそ2040年前後に発掘コストが発掘者の便益を下回ることができなくなることで、新規発行が行われなくなる(すなわち新規通貨の打ち止め)仕組みとして最初から設計されています。


このアルゴリズムは、本質的に、通貨に必要な量の安定(需要に対する安定的な供給量の確保)をミッションとするものではありません。謎のビットコインの設計者「Satoshi Nakamoto」が、どのような意図でこのビットコインのマイニングアルゴリズムを設計したか、詳細はわかりません。おそらく、常にビットコインの需要が供給を上回る(ビットコインがちょっと足りない)状況を創り出し、ビットコインが値崩れしないようにすることを意図していたのではないかと想像しています。


しかし、ビットコインが注目されると同時に大量の投機的需要が発生し、ビットコイン価格は急騰。その後、中国規制当局の動きなどもあり、直近では急落しています。ビットコインが本当に他の主要通貨を駆逐し得る存在足り得ようとするならば、このような価格の変動に対して、調整できる機能と仕組みを持たなくてはなりません。

今回のビットコインのように、通貨の価値が急変した場合、例えば円であれば日銀が市場から資金を吸収して行ってインフレを抑制したり、逆に価格が下落(通貨価値の上昇=すなわちデフレ)したら、日銀が市場に資金を供給して通貨価値を下落させるためのインフレ策をとるなど、いわゆる金融調節機能を発揮して価値の安定に努めなくてはなりません。

しかし、ビットコインを等の仮想通貨にはこうした仕組みはビルトインされていません。また、今後ビルトインされることもないでしょう。すでに述べた通り、これはアルゴリズムの問題ではなく、通貨の価値の変動に対して反対の取引を行う取引相手(通貨当局)が存在しないという、設計制度・システムの参加者の不存在の問題だからです。これが本コラムの結論のひとつとなります。


では、仮想通貨は投機対象にしかならないニッチな通貨でしかありえないのか。


では、すべての仮想通貨は、ごく一部の投機愛好家の嗜好品でしかありえないのか。ブロックチェーン技術が持つ、偽造防止、同一品質の担保、低い流通コストというメリットを享受しつつ、変動相場制の採用による価値の不安定性を克服することはできないのか。


これについては、弊社では、商業銀行によるJコインは大きな可能性と日本経済への衝撃の可能性を秘めているし、最も本質的には、日本銀行が自らデジタル円通貨を発行し、民間のIT企業と連携してブロックチェーン台帳の管理をしていくことが究極の理想(でも多分実現できないだろう)という仮説を持っています。

次回以降のコラムではこれについて書いてみたいと思います。

フィンテックとは 1

フィンテックという用語は、Finance+Technorogyの略称です。従って、解釈としては理論的に2つの文脈が考えられます。一つは、「金融が技術を変える」という文脈、そしてもう一つは、「技術が金融を変える」という文脈。しかし、前者の「金融が技術を変える」というのは、素晴らしい技術にはお金が集まる、という程度以上の意味合いはないと考えられるため、ここでは、「技術により金融が変わる」という文脈で、フィンテックを考えます。世間的な解釈もおそらく同様でしょう。

 

そこで、まず最初に確認が必要なのは、金融とはなにか、という点です。他の事業領域では、そもそも自分の事業領域を定義する、というのが難しいことが多いのですが、金融に関しては、古来経済学の研究対象領域でもあり、学術的には比較的はっきりとした定義が存在します。このコラムでは、こうした金融の一般的な定義に従って金融の機能を再確認し、その上でそれぞれの機能に対してテクノロジーがどのような影響を与え得るのか(または与え得ないか)を考察するというアプローチで、フィンテックに関する分析をしてみたいと思います。

■そもそも金融とはなにか?

 

スライド1

 


金融とは、資金余剰になっている経済部門(経済主体)から、資金不足の経済部門(経済主体)に対して、資金を融通ずる経済行動です。経済主体には、常に資金不足部門と資金余剰部門が存在し、全体としては不足と余剰がバランスする関係となっています。そこで、資金不足部門に対して資金余剰部門から資金を融通し、経済全体の資金効率を最大化するのが金融の役割となります。

 

■機能別に見た金融の種類

金融を、機能別に分類すると、たった2つの種類に分類されます。これは、いわゆるコンサル用語でいうところのMECEであり、それ以外はありません。具体的には、資金の出し手が資金の受けての経済変動リスクを、間接的に引き受けるのか(間接金融)、直接的に引き受けるか(直接金融)、の2種類です。

スライド2


■間接金融とはなにか。

間接金融は、資金の出し手が間接的にしかリスクを負わないため、出し手に代わって資金の受け手のリスクを引き受ける機関が必要となります。これが金融機関であり、代表的な金融機関として商業銀行があげられます。商業銀行が、資金の出し手と受け手の間に立ってリスクを負担しつつ、これを仲介することを仲介機能といい、商業銀行のもっとも重要な機能です。

この商業銀行の仲介機能は、最初に述べたもっとも重要な機能である「リスク負担機能」と、これを支える「情報生産機能」及び「資産変換機能」から成ります。(各機能の詳細は下図参照)また、銀行は十分な資金量と、信用を背景に、様々な決済手段を社会に提供する「決済機能」も有しています。また、さらに信用創造プロセスを通じて預金通貨の拡大を図る、信用創造機能も、非常に重要な銀行の機能のひとつとなります。(信用創造は少し難解で、かつ本稿の趣旨とはあまり関係がないので詳細説明は割愛します)

 

これに対して、直接金融は、資金の出し手が直接リスクを負うため、本質的な意味で、直接金融を担う機関というのは存在しません。(しいて言えば、資金の出し手である個人や企業そのもののが、直接金融を担う機関となります)



スライド3



■証券会社の機能

しかし、直接金融機能(市場機能)を働かせるために、証券会社が重要な働きを持つことは言うまでもありません。従って、このコラムのフィンテックに関する考察では、「証券会社の機能」も「金融の機能」と同等と扱います。そこで、証券会社の主要な業務(機能)を整理すると、下記のようになります。(詳細は下図参照)

スライド4


 

■テクノロジーがもたらす金融業務の変革

「金融の機能」について整理をしたところで本題に入ります。主に商業銀行が担ってきた間接金融業務、または主に証券会社が担ってきた直接金融業務は、テクノロジーを活用した新興企業(フィンテックベンチャー)によってどのように代替され得るのか(しないのか)。それを考えるために、現在日本、あるいは世界で注目されつつある、フィンテックベンチャーの主要な事業領域と、金融の各機能を紐付て整理してみます。(各フィンテクベンチャーの銘柄と想定事業領域は本コラム末尾の表参照。ある程度網羅的に分析したつもりですが、当然漏れや多少の認識違いはあるのでそこはご容赦ください)

 

スライド5


 このように整理してみると、間接金融の各機能、そして、直接金融機能の両方の領域で、既にフィンテックベンチャーが事業を展開していることが判ります。しかし一方で、間接金融のもっとも重要な機能である「リスク負担機能」について、これを主業としてになっているフィンテックベンチャーはまだ存在しない(少なくとも私が調べた範囲では⇒もし知ってる人いたら教えてほしイデス)
模様であることが判りました。銀行の信用創造機能は、リスク負担機能があることが前提となるため、信用創造機能を持つフィンテックベンチャーも存在しないことになります。

 

これに対する考察、解釈は少しおいておいて、次は証券会社が担う直接金融関連機能をフィンテックベンチャーがどの程度代替しているかを分析してみました。

同時に、間接金融、直接金融、直接金融関連業務のどれにも分類されないが、フィンテックベンチャーとして認識されている企業の業務を、「その他金融関連機能のフィンテックベンチャー事業領域)として整理しています。

 

これを見ると、証券会社の機能の中で、フィンテックベンチャーが特に注目されている領域が、人口知能を活用した、投資顧問、ポートフォリオアドバイス、運用代行といった領域にかなり集中している印象を受けます。また、発行市場における自己売買、委託売買といった業務をAIを活用して行うベンチャー企業も増えてきているようです。(ただし、これは既に証券会社が長年取り組んでいる領域ですが)こうした一方で、証券会社の伝統的な業務である募集・引受といった業務を侵食しつつあるフィンテックベンチャーはほぼ存在しないようです。

 

スライド6


■フィンテクはバズワードなのか?

間接金融の中核機能であるリスク負担機能には、より多くの預金者から資金を集め、より大規模な融資として貸し出せる規模や体力が必要とされます。そしてそれを支えるのはいうまでもなく、長年の取引に基づく信用が最も重要な経営資源です。(そうじゃないという人がいたら、びっくりぽんです)

数百万人の預金者の預金を集積して、一定の預金準備率を維持しつつ、数千億円、ときには数兆円規模の融資を実行するといった、大規模な資産変換機能こそ間接金融機関の最大の使命であり、これはテクノロジーの集積のみならず、圧倒的な事業規模と、長年蓄積された与信情報(与信ビックデータ?)が必要になります。これらはフィンテックベンチャーが簡単に手に入れられるものでしょうか。

また、証券会社の主要業務のうち、発行市場の業務ではまだほとんどフィンテックベンチャーは存在しないようです。また、アルゴリズム売買や人口知能売買は、証券会社が既に長年かけて培ってきたノウハウそのものであり、これを個人向けにカスタマイズしたものが最近になって出てきた(完全に新しいイノベーションではない)と考えることもできます。

ではフィンテックはバズワードであって、実態のないバブルを生む「悪魔の誘い」なのでしょうか。私個人としてはそれも違うと感じています。現在、日本の商業銀行をはじめとする間接金融機関は、貸出残高を思うように伸ばせていません。一方で、やはり中小企業を中心として資金不足になっている経済主体は多く、資金余剰部門と資金不足部門を仲介して経済の資金効率を高めるという金融本来の機能を果たせているとは言い難い状況です。この原因は様々考えられますが、少なくとも市場にこうしたギャップが存在し、それを既存のプレーヤーが解決できないのであれば、あらたな担い手が出てくることは必然と考えられます。

このような現状理解と、フィンテックベンチャー各社の意欲的な取り組みを踏まえ、フィンテック領域における「5つの止められないトレンド by IGNiTE」(Unstoppable Trend) (弊社仮説)を整理してみました。分析から仮説に至るまでの間には、そうとうびっくりぽんなジャンプがあるように感じられると思いますが、以降のコラムでこれらの仮説について少し詳しく分析していきます(たぶん) 。

 


フィンテック仮説


参考にしたフィンテック企業一覧



















 

 

 

マーケットインを超えて~最終回~ビックデータマーケティング~

スティーブジョブズが作ったiPhoneは、「プロダクトアウト型」の製品なのか、「マーケットイン型」の製品なのか、という疑問をきっかけに、企業のマーケティング活動の形態を、無理やり?9つの類型に分類してみましょ~、ということにトライしてきましたが、最後のカテゴリーが、「ビックデータマーケティング」です。

 

bigdata

 

上記の図では、横軸に、どれだけ「顧客の欲求を深く洞察しようとする姿勢」があるか、縦軸に、「ターゲット顧客のセグメンテーションをどの程度詳細化しているか」という2軸を取り、3×3の9マトリクスでマーケティングのタイプを分類しています。

この分類の最後が、「顧客自身もまだ知らない自身の欲求=潜在的欲求」を「個人レベルでターゲティング」するという、いわば究極とも言えるマーケティング手法です。

この一番わかりやすい例が、「アマゾンの書籍リコメンデーション」(あなたにはこんな本がおすすめですよ)です。グーグルの検索広告などにも当然こういったアルゴリズムが組み込まれています。フェースブック広告も当然同様ですね。ビックデータの分析アルゴリズムの発達により、こうした「個別リコメンデーション広告」は特にインターネットの世界では当たり前になってきています。まさに、「セグメンテーション」という伝統的マーケティングの概念を超え、かつ「本人さえ知らぬ自身の潜在的ニーズに訴求する」ことができるという意味で、究極のマーケティングともいえそうです。


ところで、私の知り合いに、フェイスブックの年齢をわざと101歳(非公表でわかりませんが本人いわく確かそのくらい)にしている人がいます。いわく「なんか、ライフイベントに応じた広告だかなんだか知らんが、やたらと引越しだの生命保険だの転職だの、田舎の母ちゃんじゃあるまいし微妙にむかつく」とのことです。

ビックデータアルゴリズムが最先端まで発達しても、移ろいやすい人間心理との微妙なずれが生じると、それは過去の遺物となったはずのポップアップ広告と同じ「うざい」存在になってしまうようです。人はいつでも、「自分のことを一番わかっているのは自分だ」と思いたい生き物であって、おすすめ、などというおせっかいは、「ばちっ」とはまらない限り、なかなか響くものではないのかも知れません。

こうした移ろいやすい人間心理を相手にするマーケティングの領域は、ビックデータテクノロジーの応用領域においても特に難しい分野ですが、しかし、少し異なる分野を見ると、ビックデータの活用はより確実な成果を既にどんどんあげており、分野によっては、「自分のことは自分が一番良く分かっている」などとは残念ながら言えないような状況が既に一般的になりつつあります。

「私は超安全運転だ」と信じているAさんがいるとします。Aさんは、「毎週末には車に乗るが、ゴールド免許を維持しており、自損も含め、事故経験の経験はない」ことを、「安全運転」の根拠としています。

しかし、日本にいる免許所有者の約5割は実はゴールド免許であり、毎週末に運転をする人もきっと数多くいるでしょう。その中に、Aさんより安全運転な人が半数以上いるなら、Aさんはそれでも自身を持って自分は超安全運転だ、といえるでしょうか。

自動車のIT化が進み、様々なIOT端末が発達してきているため、自動車の運転状況、急加速、急ブレーキ、エンジンの回転数、速度、車線変更のタイミング、そういったデータをすべて収集し、日本人全ドライバーの「安全運転度ランキング」を作成することは、恐らく今のビックデータ技術なら「朝飯前」です。さらに、そこに信号のデータをぶつければ、黄色信号で交差点に差し掛かったときに、Aさんが急加速して信号を突っ切るタイプが、手前で減速して止まるタイプなのか、運転の「やんちゃ度」をチェックすることも可能でしょう。

 

もう時効なので触れても良いと思いますが、IBMに在籍させて頂いていたとき、このような個人の運転特性を自動車保険に反映させる「テレマティクス保険」のビジネスモデルは、既に某大手保険会社との大規模な実証実験段階に来ていました。今から8年は前の話です。日本でも既にソニー損保等がサービスインしています。自分がどんなに「超安全運転」だと思っていても、ビックデータによる統計分析結果では、実はやんちゃ運転かも知れないのです。

このような領域では、「自分のことを良く知っているのは自分ではない」ということがもう当たり前になってきています。自動車の運転履歴、クレジットカード利用履歴、体に付けられたアップルウォッチから収集されるメディカル情報、フェイスブックの投稿内容、グーグル検索のキーワード履歴、こういった個人情報をワトソン君にすべてインプットして、人生のアドバイスを乞うたら、新宿の占い師もびっくりのありがたいお告げが頂けるかも知れません。

恐ろしいといえば恐ろしい技術ですが、正しい方向で活用されればiphoneを超えるようなイノベーションが生まれる可能性もあります。

このコラムでは、「ターゲティングをしないで」(全世界の人に)、潜在的な欲求を満たすサービスを生み出せるのは天才だけ、と延べました。(天才型マーケティング)しかし、ビックデータは、「すべての個客に対して個別の対応」が理論的に可能な技術です。すべての個客とは、実はすなわち、「みんな」ですから、ある意味「ターゲティングをしない」マーケティング手法と、対象者は一緒です。

ビックデータ分析技術がさらに深化することで、「天才でなくでも」「世界のみんな」にイノベーティブなソリューションがもたらされる日がいつか来るのかもしれません。











 

 

 

 

マーケットインを超えて その弐 ~ペルソナ~

 

マーケットインを超えて② 「ペルソナマーケティング」

前回、ユーザーの期待を超え、広く社会にイノベーションを起こそうとする経営者の考え方を、マーケットインの発想を超えた概念として「天才型」と呼称しました。しかし、ユーザー/顧客の期待を超えるものを提供する/それを目指す、というのは、別に天才に限った話ではありません。日常のビジネスシーンで当たり前に散見される話です。

・外食:お客様に驚きと感動の味を!

・法人営業:常に顧客の先をいけ。提案営業しろ!

・消費財:顧客の「あったらいいね」を実現しよう!

・コンシュルジュ:お客様が困っていることの先を提案しましょう!

(ビジネスではなくても、恋愛において彼女/彼氏を驚かせてあげたい、と思うのも一緒ですよね)

こういった「顧客のニーズを超えていけ」というスローガンや経営方針は、いろいろな会社の経営理念や行動規範を見ればあふれていますし、その重要性や、それが成功した時の素晴らしさは、経験のあるビジネスパーソンはだれでも経験的に理解しているといえます。問題は、どうしたら本人も知らないような潜在的欲求を満たす製品・サービスができるのか。特に消費者向けビジネスの開発を考えている会社/ビジネスパーソンは、結局のところ日々それを考え続けているのではないでしょうか。

世界中の人(みんな)が喜び、感動する、しかもそれが、本人すら想像もしてなかったもの・・・そんなものは天才しか生み出せない、というのが前回の結論です。しかし、世界中のみんな、とまではいかずとも、特定のターゲットについてより深く理解することで、本人すら気がつかなかった価値や喜びを提供することは十分可能で、様々な先達がそのノウハウを体系化しようと試みて、そのうちのいくつかは有効な手段として認識されています。

■ペルソナ分析とは

この課題の解決について、体系化を試みたマーケティングの方法論(と弊社は位置付けています)である、ペルソナ分析という手法もその一つです。1999年『コンピュータは、むずかしすぎて使えない!』の中で、アラン・クーパーによりソフトウェアの開発手法としてまとめられた理論ですが、Microsoftのユーザー・リサーチ・マネージャーだったジョン・S.プルーイットによる『ペルソナ戦略マーケティング、製品開発、デザインを顧客志向にする』が刊行されたのをきっかけにマーケティング手法として注目が集まり広まりました。

 

ペルソナ挿絵

ペルソナ分析の全体像を簡単に事例で示すと、おおよそ次のような感じです。(あくまでイメージ、雰囲気、ですので、とてもざっくりで大ざっぱな点はあらかじめご理解のほど。詳細な手続きや分析は、この何十倍も緻密にやっていく必要があることはいうまでもありません。念のため。)


 ステップ1:想定ターゲットと想定プロダクト設定

「高所得共働き世帯(世帯年収1,500万円以上)にウケる引越サービスを企画しよう」  


ステップ2:ペルソナ詳細化 (複数候補者へのヒアリングやアンケート調査からペルソナ像を設定)

夫:大手商社の食糧資源開発係長(34歳)。同期トップクラスの昇進スピードで社内からも一目置かれる存在。食料資源開発はポートフォリオリバランスのために最重視されている領域で、それだけに大変忙しく海外出張も当たり前。今後も転勤は海外含め可能性大。年収1,100万円。栃木県出身。大阪在住。慶應義塾大学経済学部出身

妻:四大会計事務所所属公認会計士(28歳)。6年前に夫の会社がメキシコのソース製造会社を100%子会社化した際、財務デューデリジェンスを担当し、その案件で知り合ったのが縁で交際に発展。4年前に結婚。現在2歳の娘あり。1年前から職場復帰。まだ育児に手がかかるため、妻は年中多忙なM&Aチームではなく監査チームへの配属を希望し、現在監査チームの主査。しかし、四半期開示対応や若手会計士の不足でむしろ前より忙しく育児との両立で疲弊している。夫は出張で家を空けがち。育児のあてにはならない。現在は実家に近いため両親に相当なサポートを受けられている。年収780万円。大阪出身。大阪在住。同志社大学法学部出身

 

今回の夫の東京転勤は、夫の将来にとっても非常に重要。自身も娘がもう少し大きくなればM&Aビジネスに復帰したいと考えており、そのためには東京転勤は望むところ。事務所も快諾してくれているが、なにしろ大阪生まれの大阪育ちで東京に土地勘がなく、そこが最大の不安。正直、東京の地理も良くわからないし、なにより引越し準備にかけられる物理的時間が本当に少ない。どうしようか困っている。


 ステップ3:顧客体験シナリオ作成と提供価値の導出(イメージ)

<引越し情報の収集>

まずはネットサイトで情報検索。相見積は一応取るが、「安いところ」ではなく、「なんでもやってくれて」「安心感」のあるサービス会社はどこか知りたかったのにあまりそういう情報がない。

⇒提供すべき価値「安い」サービスではなく「高いけど良いサービス」を訴求

<当日>

梱包から荷解きまでやってくれる一括サービスを頼んだが、主婦のアルバイトらしき梱包サービスの人が雑で困った。荷物を運ぶお兄さんの作業着もちょっと汚れており、思い切って30年ローンで購入した新居で、ちょっと汚いタオルで汗をぬぐわれるのはいまいち。

⇒提供すべき価値:「清潔」「きちんとしている」「全部やってくれる」

家具が当日来るようにいろいろと手配するのも本当に大変で、引越し屋さんと家具屋さんと家電屋さんのプロジェクトを夫婦で(というか妻が)一人でプロジェクトマネジメントした感じ。引越し当日の妻の不機嫌ぶりに狼狽した夫は急遽なんとか都内の高級ホテルをリザーブし、当日はそこで一泊。これは大変効果があったが、エステがなかったため妻の評価は85点。娘は実家に預けてあるが、もし娘も一緒に行動していたらと思うとぞっとする。

⇒提供価値:「すべてお任せ」「かゆいところに手が届く」「あったらさらにうれしい(ホテル宿泊等)」

<引越し後>

・翌日以降は役所への住所変更届やら役場への届出やらで、平日1日休みを取っても結局いろいろ終わらず。一通り全部おわるまで2週間はかかった。信頼できるのであればこれらも任せてしまいたいが、個人情報そのものなのでやはり不安で自分でやるしかない。

⇒提供価値:「引越し後もお任せ」「安心」「信頼」

 


 ステップ4:サービスの企画・開発

 

◆コアとなる提供価値の定義

・「お任せ」「かゆいところに手が届く」「楽ちん」「清潔」 ⇔(犠牲にしても良い価値「安い」)

◆商品コンセプトの詳細化

★サービス内容

梱包から荷解き、明け渡し物件の現状確認立ち合い同行、引越し時の不用品・廃品の廃棄・リサイクル業務の一括請負、再配置、家具家電の手配、ベビーシッター、各種届出書類の手配代行(外部行政書士等と連携してすべての届出書類を代行)すべて込み・・・などなど

★価格戦略(プライス)

全部込みで●●万円

★引越し情報の収集(プロモーション)

テレビCMは一切配信せず、「月刊戦略コンサルティング」「コロンビアビジネスレビュー」に特集記事形式の広告を掲載。サービス案内パンフレットは、ネイルサロン、高級スポーツジム、エステ等働く女性の出没エリアに重点的に配布

★販売チャネル

・ネットサイトからの申込み受付のみ(高所得者層とITリテラシーには高い相関があるため)


 ■ペルソナ分析の留意点(弊社理解)

商品を知ってから購入するまでの一連の流れの中で生じる顧客接点ごとの提供価値を深く洞察することで、顧客自身も想像しなかった新しい価値や驚きを提供し得る製品、サービスを企画、開発し得る可能性がある点で、ペルソナ分析は「きちんと丁寧にやりきれば」非常に有用性の高い分析手法です。

しかし、実用にあたってはいくつか前提があると思いますので、弊社理解としての留意点をいくつかご紹介します。

◆ペルソナ分析の出発点はペルソナ分析では決まらない

ペルソナ分析で注意すべき点の1つは、分析の出発点となるターゲットやセグメント自体はペルソナ分析では決まらないことです。例えば上述の事例では、「世帯収入1,500万円以上の共働き世帯」をターゲットにしていますが、そもそもこの層は全体の3.3%しかいません。引越し回数が全世帯で変わらないとしたら、たった3%を相手にサービスを提供する「ニッチ戦略」で本当に良いのか、市場規模や成長性といった基本項目を検討する必要があります。当たり前なのですが、なぜかたまに抜けることがあります。流行りのフレームワークとか、ソリューション、というだけで無批判に飛びつくと、そういうことが起きるようです。

妄想ペルソナはだめ

ペルソナ分析では、ターゲット顧客のペルソナ像を具体的に設定するために、そのカテゴリーに属する人や団体のサンプル調査をできるだけ多く実施し、それらの総体でありつつ、具体的なペルソナ像を作成し、シナリオを設定していく必要があります。ある対象者から、「●●というオプションがあったらいいのに」、という意見があった場合、その人自身は自分のニーズに自分で気が付いています(ニーズを理解している)。しかし、その「あったらいいね」に気づいていない潜在層に対しては、それは驚きや感動につながるかも知れません。できるだけ多くのサンプルからペルソナ像をつくることで、初めて「ニーズを超えた」(と感じる人が多い)サービスができる可能性が高まります。これに対して、このプロセスを省略して妄想や思い込みでペルソナ像を設定すると、一見もっともらしくても「はずす」危険性が高まります。

(ちなみに、コンサルティング会社がペルソナ分析について顧客候補に提案する場合、実際にリサーチをするわけにはいきません。そこで、提案段階ではどうしても妄想でペルソナイメージ事例を作る必要があります。筆者はコンサル時代、この妄想ペルソナの天才といわれ、あまりのもっともらしさに顧客候補から「もうこれで十分」と言われて失注した苦い経験があります。。。)

◆ペルソナ分析には提供能力(強みや体力)検証の視点はない

例えば上述のような、「高所得世帯向け引越しサービス」を企画した場合、もしかすると高級家具を安全に運ぶ特別な器具や資材、輸送手段等が必要になる可能性があります。また、引越し作業員も熟練である必要があり、人件費も高くなるかも知れません。これらをきちんとシミュレーションするなら当然事業計画(ファイナンシャルプラン)が必要になります。

しかし、これは私の僻目かも知れませんが、マーケティング領域で、特にペルソナ分析などが好きなタイプのビジネスマン/コンサルタントは、いわゆるアイデアマンとか企画マン、等と評されるタイプが多く、少し財務計画を軽視する傾向があるような気がします。

もちろん、「お金がないからできない」なんて言い訳は話にならないわけで、それをどうするか、が問題であることは言うまでもありませんが、大やけどを防ぐためには一歩引いて、財務面からも冷静に考えることが必要です。まあ、これは当たり前ですね。


 

今回は、ターゲットを明確にセグメンテーションした上で、顧客自身よりも顧客を深く理解して、新たな価値を提供するマーケティング手法として、ペルソナ分析について書きました。

次回は、マーケティングに関するコラムの最終回「ビッグデータマーケティング」について書いてみたいと思います。

 

マーケットインを超えて~その壱~

 

マーケットインを超えて ~その壱~ 「天才型」

 

マーケティングについて学び始めた当時、自分にとってよく整理がつかない問いがありました。それは、「iphoneはプロダクトアウト型の製品なのか」というものです。iphoneを世の中に送り出した故スティーブジョブズは、「マーケティング」という言葉が大嫌いだったことで有名です。

 

Some people say, ‘Give the customers what they want.’ But that’s not my approach. Our job is to figure out what they’re going to want before they do. I think Henry Ford once said, ‘if I’d asked customers what they wanted, they would have told me, ‘A faster horse!’’ People don’t know what they want until you show it to them. That’s why I never rely on market research. Our task is to read things that are not yet on the page

「顧客が望むモノを提供しろ」という人もいる。だが、私の考えは違う。顧客が今後、何を望むようになるのか、それを顧客本人よりも早くつかむのが我々の仕事なんだ。ヘンリー・フォードも似たようなことを言ったらしい。「なにが欲しいかと顧客に尋ねていたら、『足が速い馬』といわれたはずだ」って。人々はみんな、実際に"それ"を見るまで、"それ"が欲しいかなんてわからないものなんだ。だから私は、市場調査に頼らない。

私達の仕事は、歴史のページにまだ書かれていないことを読み取ることなんだ。

スティーブ・ジョブズ

 

こうした考え方を持ったジョブズからすれば、「The トラディショナルマーケティング」の考え方、すなわち、顧客のニーズを徹底調査し、分析して適切にセグメンテーションし、そのセグメント層のニーズに答える製品を開発とマーケティング戦略の立案と実行を一生懸命やっても、決してiphoneが生まれることにはなりません。伝統的マーケティングの見事な否定です。

では、iphoneはユーザーのことを無視して、ただ技術者/芸術家が自己満足するだけのおもちゃでしかない「プロダクトアウト型」の製品で、それがたまたま当たっただけなのでしょうか?弊社はそうではない、という立場をとります。

 

ヘンリーフォードにも、スティーブジョブズにも共通しているのは、「顧客が望むものを一番良くわかってるのは必ずしも顧客本人ではない。」という前提がありつつ、「こんなもの(四輪自動車やiphone)があったら、自分は絶対使いたい。」という、いちユーザーとしての自身の本源的欲求が出発点になっているところであり、これは既に多くの研究者や企業家によって指摘されています。この点において、「今の生産ラインで作れるものを作る」とか「技術的に可能な最高レベルをひたすら追求する」といったプロダクトアウト型の発想とは全く異なると考えます。

 

そして、このタイプには、もう一つの特徴があります。それは、ターゲティング/セグメンテーションといった概念が希薄/またはめちゃくちゃでかいことです。

 

四輪自動車もスマートフォンも、市場が既に形成され、成熟化が進んでいる現在では、市場は細分化され、そのターゲットに対するマーケティング戦略も異なって当然です。しかし、少なくともヘンリ―フォードは特定の富裕層だけに車を作りたかったわけではなく、スティーブジョブズは「20代前半、年間所得●●でITリテラシーの高いXX層」にターゲットを絞ってiphoneを開発したわけではないでしょう。

 

「こんな製品ができれば、みんなが喜ぶ。」という視点ですべての人々に新たな価値を届けたいという高い視座(というか狂気)は、既存市場をセグメンテーションする、といったレベルの概念を超えた、まさに市場の創造であって、セグメンテーションという概念とは別次元の話だと考えられます。(普通は、「みんな」をターゲットにするマーケティング戦略は「あまりほめられたものではない」という評価が多いと思われます)

 

弊社では、このタイプのマーケティング活動(マーケティングというよりは市場に対する姿勢)、というべきでしょうか)を、「天才型」と定義しています。

 

天才型

 

この「天才型」のマーケティング(経営)手法の最大の課題は、当たり前ですが、「全く再現性がない」「まねできない」点です。神がかったひらめきと、狂気を持ってそれをやりきる稀有な実行力と統率力のある「天才」に大きく依存しています。後講釈の好きなヒョーロン家コンサル的にあえて言うなら、天才が生まれ得る社会風土や多様性を社会全体、国全体で確保し、あとはひたすらそこから突然変異が生まれてくるのを待ち続ける体力と忍耐力が必要、ということでしょうか。

 

(ココカラ余談)

ちなみに、ここで言う「体力」とは、すなわち資金力のことです。より具体的、かつ乱暴に言うならベンチャーキャピタルのようなリスクマネーが、どこまで天才っぽい人に張り続けられるか、というばくちの問題です。残念なら例えば2013年に新規組成された日本のVCの出資者内訳をみると、その資金の大半が事業会社(3割)と銀行及び信金(3割)、及び政府公共団体2割で、これらで実に8割!です。こう考えると、日本のVCが思い切ってイノベーションに投資しにくいのは無理もないと感じます。

私は個人的にはGPIFこそがポートフォリオのリバランスを図り、積極的にオルタナティブ投資、中でも特にVC投資に資産を振り分けるべきと考えます。

GPIFの運用資産は実に約128兆6千億円です。これに対し、2013年以前の過去5年間に日本のVCがベンチャー企業に投資した資金の累計総額は(たったの)約6千億円。GPIFの運用総額の(たった)0.4%。2013年1年間のVC投資額は約1,800億円ですから、単年で見ればわずか0.1%です。

 

仮にGPIFの総資産の0.3%をVC投資に振り向ければ約3,800億円もの資金(2013年単年のVC投資額の3倍超)がベンチャー投資に振り向けられることになります。国民の大切な年金等をばくち的に投資するのはけしからんという人がいますが、数字に弱いおっさんの「ケタチ」(桁違い)な議論にすぎません。仮に全損しても運用総額の0.3%程度であり、社会にイノベーションを生むコストと考えればむしろ年金等を使って積極的に取るべきリスクではないかと思います。

さらにいうならば、日本のVCにより、1982年以降に設立され、統計が取れているすべてのファンド(374本)の出資金額価値総額比率((分配額+残存価値)/出資計)は、82年~2014年のトータル平均で1倍を超えています。(出所:ベンチャー白書2014) 統計的に見ても全損はまずありえないわけです。GPIFがオルタナティブに資金を振り向けない理由はありません。私が尊敬する元コラーキャピタルの水野さんがGPIFの初代CIOに就任されたのも、意図があってのことでしょうから、とても期待したいところです。

ちなみに、今でも十分金は余ってて、足りないのは優秀な経営者だ、という議論もありますが、私は全然そうは思いません。やってみなくちゃわからないのがイノベーションなら、VCの選別段階でふるいにかけすぎるのではなく、まず投資をして製品、サービスを世に問い、そこで審判が下されるべき、そのコストとリスクは日本人の資産(=GPIF)が取るべきではないかと考えます。AKB48方式とでもいいますか、オーディションで選別しすぎるより、ステージで歌って踊って、選挙して決まる、という方がフェアではないでしょうか。そのためのコストは国民全体が負担すべき、という理屈です。

 

最後は脱線気味でしたが、今回は、「天才型マーケティング」(なんだかこれ自体自己矛盾する言葉ですが)について書きました。次回は、「ペルソナ分析」について書いてみたいと思います。

 

マーケットインってなに?その弐~その参

今回は、マーケットインタイプのマーケティング活動のいわば王道ともいえる段階 「THE トラディショナルマーケティング」、それからマーケットインタイプの活動を、「個客」に対して提供する「コンシュルジュサービス」についてまとめてコラムを書いてみたいと思います。 

 

 

 

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■まず、「THE トラディショナルマーケティング」について、です。これは、

 

横軸:顧客にニーズを適切に把握する姿勢を持っていて、それを実現する能力や手段も確立され、

 

縦軸:かつそこで得られた結果を適切なターゲットセグメンテーションのもと、製品・サービス戦略(コンセプト、価格、チャネル、プロモーション)に適切に反映して売り上げの拡大を実現できる、というレベルです。

 

いわば、伝統的なマーケティングスタイルを確立した段階と言えます。優れたマーケティング活動で有名なP&Gや日本の花王、また日本の自動車メーカーなどは、1980年代前半にはすでにこういった段階に達していたと思われます。

 

一方で、寡占的で競争が激しくない業界、典型的にはエネルギー業界などでは、マーケティング、という活動自体が馴染みにくいことや、顧客ニーズの把握などしなくても売上が上がった、ということもあり、こうした活動についての取組みは近年までそれほど重視されてきませんでした。

 

しかし、1990年以降、日本が本格的な低成長時代に入り、いかに市場を細分化して、生き残れる市場で生き残るか、ということが経営の大きなテーマとなる中、業種業態にかかわらず、多くの企業でマーケティング活動が経営戦略に占める大きなテーマとなりました。

 

ちなみに、歴史的にさらにさかのぼって1960年代、70年代はどうだったかというと

 

・1960年代:サプライサイドの経営戦略(いかに多くの良いものを作るか)

・1970年代前半:選択と集中の経営戦略の時代(変動相場制への移行、オイルショック等による構造不況への対応)

 

こう考えると、1970年代後半から1980年代は、60年代、70年代を乗り越えてきた多くの企業にとって、マーケティング戦略の黎明期であり、そして、1990年代はマーケティング戦略大発展の時代と言えそうです。

 

さらに、1995年のウィンドウズ発売と共に、インターネット時代に突入し、企業と個客との関係(チャネル)が根本的に変化することで、マーケティングは多くの企業にとって、経営戦略の中心となりました。

 

■コンシュルジュ型マーケティングとは?

 

次は、マーケットイン型のマーケティングのもう一つの形態、コンシュルジュ型についてです。これは

 

横軸:顧客にニーズを適切に把握する姿勢を持ちつつ

縦軸:ターゲットをセグメンテーションしたりするのではなく、それぞれの「個客」にすべて個別に対応する、というマーケティング手法です。

 

 

コンシュルジュはいうまでもなく、ホテルのフロント等にいる、あれです。個別の顧客の要望を理解し、迅速に対応するその姿が、マーケットインのあるべき姿として捉えられた結果、様々な会社において、「弊社はお客様のコンシュルジュとして・・・」

というキャッチフレーズが使われています。(今でも)。

 

これらのサービスの特徴は、ターゲットをカテゴライズしたり、セグメント化したりせず、「すべての個客ニーズに個別に対応します。」という姿勢が明確で、かつ可能なことです。

 

このようなサービスは、比較的高額の商品や大きな買い物(典型的には住宅など)では当然古くから行われてきたことですが、主に情報通信技術の発達等により、こうした「個客」対応が、様々なサービスで可能になってきました。レクサスの音声コンシュルジュサービスなどの取組みはこうしたサービスの典型と言えます。

 

また、顧客の不満について、コールセンターですぐに受けつけて対応するのも、ある意味個客マーケティングの一類型と言えるかも知れません。

 

伝統的マーケティングの重要なポイントであり、優秀なマーケッターやコンサルタントの職人芸でもあった、「顧客ターゲティング」や「セグメンテーション」という作業が、情報通信技術の発達に伴ってより細分化され、現在では市場の最小単位である「個客」レベルで分析することが可能になりました。

 

これを持って、「もはや古臭いマーケティング野郎のアートは要らない。マーケティングは完全に科学になったのだ!!」 と鼻息も粗いIT技術系の専門家もいます。しかし、私は個人的には、マーケティングの世界で「アート」がなくなる日は永遠に来ない、と考えています。が、これについてはまたいつか別の機会に。

 

今回は、マーケットイン型のマーケティング活動の類型「THE トラディショナル型」と「コンシュルジュ型」について考察しました。

次回は、マーケットインを超えた次なるマーケティングの概念や領域、また、プロダクトアウト型経営の復権、といったことについて書いてみたいと思います。

 

マーケットインを定義できますか?

 

前回まで、弊社が考える、プロダクトアウト型マーケティングについて、3つのタイプに分けて説明してみました。今回からは、マーケティングの次の段階としての、「マーケットイン型」についても、同じく3つに分類して考えてみたいと思います。

 

今回はその一つ目、 「マーケティング1年生」 についてです。ネーミングがいまいちで恐縮です。これは、およそ次のようなタイプのマーケティングです。

 

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横軸:

個客の欲求やニーズを把握して、それを経営に反映させていかなくてはいけない、という危機意識と姿勢はあり、「アンケート調査」や、「お客様の声」の収集等はめちゃめちゃ頑張ってやろうとしている、もしくはすでにやっている。

 

縦軸:

しかし、それをもとに、うまくターゲットセグメンテーションや、打ち手につなげることができない。

 

というタイプのマーケティング活動(レベル)です。つまり、担当者、マーケティング部署、そして会社組織全体が、マーケティングという活動自体に不慣れで、顧客の声をどう成果につなげていくかわからない、という状態です。

 

これは、1990年代くらいまでの日本企業には多く見られた現象と思われます。業種業態によっては、今でもこの手の活動が苦手な会社は多いかも知れません。マーケティングがコンサルタントの稼ぐ最高のソリューションの一つだった、ある意味コンサルタントにとっても幸せだった時代です。

このタイプの企業は、端的には次のような問題を抱えていることが想定されます。

 

まず、①顧客の声(ニーズ)をうまく把握できない。

次に、②把握した情報に基づき、うまく戦略を立案できない。(企画、分析力不足)

そして、③戦略を立てても、実行されない。

 

まず、①については、実は顧客の声を把握する、といっても、本当にやろうとすると結構難しい、ということがあり、これが課題となっている状況です。あるサービスを購入した人に、「どうして購入したのですか?」とか、「どこが気に入ったのですか?」とか、いろんな質問を100も200も並べるのですが、質問が特定領域に偏っていたり、把握するのに時間がかかりすぎたり、精度が低かったり、といった問題です。

 

実はこれは、例えば単純なアンケートにしても、あらかじめ、ある程度の仮説を持って質問を構成する必要があるなど、ある種のセンスが必要な領域でもあります。この領域で外部専門家としての、「マーケティングコンサルタント」が活躍する余地があるのも、この「秘伝のタレ」のような部分がかなりアートに近いためでもあります。

 

次の②問題は、顧客のニーズらしきものは把握できたが、どのような打ち手を打つかわからないという問題です。ターゲットはどうするのか、価格帯は?チャネルは?と、いわゆるマーケティング戦略の4Pにどう結果を反映させるべきか、企画力が不足している状況です。

 

最後の③は、実は一番深刻で、マーケティングが苦手な会社が必ず直面している課題です。

 

当たり前ですが、①や②については、そうはいっても言ってみればある程度シンプルな話です。

 

「マーケティング調査によれば、当社の製品・サービスを好んで使うユーザーは、XXという機能や▲▲というブランド感や〇〇という提供価値を求めている。こうした傾向は特に高所得層の専業主婦に多く、リピート率も高い。」(⇒ニーズの把握)

 

「従って、これからは、高所得家庭の専業主婦向けにより、特化し、XXという提供価値を前面に出した、高価格帯の新製品を出そう」(⇒打ち手の導出)

 

実際の経営やマーケティングがこんなに単純なわけはありませんが、論点を単純化すれば、上記①②については、こういうことになります。これは、正直がんばればできそう(レベルや網羅性は別として)です。

 

ではなぜ、そうすんなりと「では、そうしよう(=③)」とならないのか。

 

マーケティング部門には、ネガティブな言い方をすれば社内に2つの敵がいます。それは、営業と製造です。(製造業を例にしていますが、それ以外の業種でも本質は同じです)

 

営業担当者の言い分は例えば、「そんな絞りこみをしたら、これまでの自部門の重要顧客だった低所得層を失うことになる!」「おれの顧客はそんな高価格のものは望んでない。マーケターのやつらは現場なんぞ知らんくせに!!」よく聞く話です。

 

一方で、製造担当者の言い分は例えば次のような感じです。「そんなことをしたら、これまでの製造ラインが使えなくなる!」「高価格帯の製品は作業効率が悪い!。」

 

営業や製造の現場寄りの人は、基本的には、机上の空論を語りがちな「マーケター」が大嫌いです。マーケターなどは、彼らに言わせれば、「PCパチパチやって仕事した気になってる頭でっかちのひ弱なやつら。くそくらえ!」というわけです。

 

こうした組織の壁を越えて、自社のバリューチェーン全体を顧客ドリブンに変革していくのは、マーケティングの課題を超えた事業全体の再構築、ひいては企業文化の改革といった大きなテーマとなります。

 

しかし、1980年代以降、多くの企業がこうした課題に前向きに取り組み、マーケティング活動の中で大きな成果を上げる企業が出てきました。そうした中で、マーケティングという活動について、日本の非常に保守的な業種業態でさえも、もはやマーケティングの必要性について賛否が分かれる、という段階ではないでしょう。マーケティング不要論、などは、さすがに古き時代の昔話になりつつあります。

 

しかし、一方で、例えばiPhoneを開発したApple(ジョブズ)や、かつてのソニーなど、本当に優れた製品や社会を驚かすような成果はマーケティングからは生まれない、という批判も常にあります。これについては、別の回で改めて考えてみたいと思います。

 

今回は、マーケットイン型のマーケティングの第一段階としての「マーケティング1年生」について考察しました。次回は、このマーケットインタイプの次の段階について考えてみたいと思います。

プロダクトアウトとは?その参

プロダクトアウト型のマーケティングについて、前回は、顧客を知る気はないが、セグメントは明確な、「パーティー券販売型」について考えてみました。

 

3つ目は、「ポップアップ広告型」、です。インターネット黎明期に流行って、インターネットユーザーから大いに怒りを買い、ついにはブラウザーにポップアップブロックなる機能が搭載されてあっという間にほぼ消滅した、あれです。

 

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これについては、そもそも「インターネットユーザー」全員に対して、とにかく無差別に広告を打つ、という意味では、縦軸(セグメンテーション)については、「セグメンテーションなし」なのではないかという考えもあります。

 

また、「インターネットユーザー」は、インターネットしない人、と比較すればそれ自体がひとつのセグメントだから、ターゲットはセグメンテーションされている、と考えることもできます。

 

しかし、ポップアップ広告は新聞ちらし等とも違ってインターネットユーザー一人ひとり(個客)に対して100%アプローチすることができます。(新聞ちらしは、興味がなければ見ないで捨てることも可能です)。また、ネットが発達した現在においては「ネットユーザー」というのはもはやセグメントとしての意味をなさない、といえます。

 

このコラムでは、この前提に立って、ここでは他の2つのプロダクトアウトタイプとは異なるマーケティングタイプに分類しています。

 

では、ネット以外でも、個客に対してプロダクトアウト型でマーケティングをするタイプの活動はあるでしょうか。

 

例えば、ローラー作戦で住宅街の家に端から飛び込み訪問で(個客)を回る、飛び込み訪問販売なんかもこのタイプに近いかもしれません。(しかし、実は飛び込み訪販でも、優れた営業マンは、必ず自分なりの顧客セグメンテーションの軸を持っていて、戦略的に活動しています。すべての訪問販売がプロダクトアウトだ、というわけでは当然ありませんので念のため。)

 

このような、個客に対する、プロダクトアウト型のサービスというのは、偶然ニーズが合致していればいいのですが、一歩間違えると、恐ろしく「うざい」「不愉快」というのが最大の特徴です。

 

消費者心理を逆なで、怒りを買い、ともすればクレームにつながります。つまり、マーケティング上一番やってはいけない打ち手が、個客に対する、プロダクトアウト型のマーケティング、だと思われます。まあ、深く考えなくても、「押し売りはうざい」常識ですよね。

 

しかし、よく考えられた最新のITサービスも、一歩間違うととても「うざい」サービスになり得てしまいます。このような経験はすでに多くの方が日々の生活で実感されているように感じます。

 

例えば、数年前に大変注目され、シリコンバレーのVCからも多額の資金調達に成功した「セカイカメラ」というアプリサービスがありました。拡張現実(AR)技術を駆使して携帯カメラを景色にかざすと、近くにあるお店の情報が表示されるというものです。

私も「このベンチャーはすごい!世界カメラはすごい!」と一時期大興奮して一人で騒いでいました。

 

しかし、残念ながらセカイカメラを経営する旧頓智.com は現在セカイカメラのサービスを終了し、tab という新しいサービスに挑戦しています。(社名もtab) 。

セカイカメラがうまくいかなかった理由について、CEOの方はインタビューで混沌としている現実に、混沌としているウェブ上の情報を載せると、混沌が合わさって、何を見たらいいのかわからない、有用な情報の取捨選択を困難にしてしまった。」とおっしゃっています。

 

もちろん、GPSテクノロジーも含め、インフラがまだARがさくさく使える環境になかったなど、サービスが先進的すぎたこともあるかも知れません。しかし結果としていえるのは、「ユーザーが必要な情報を必要なタイミングで出すことができなかった。」逆に「不必要な情報が氾濫した=ちょっとうざい」という面がぬぐえなかったのではないか。CEOの方の総括を読むとそう感じます。

 

個客に対するサービスが、素晴らしいサービスになり得るのか、ただ「うざい」だけのマーケティング活動になるのか、なにがこれを分けるのか、これについては、別の回でも触れてみたいと思います。

 

プロダクトアウトとは?~其の弐~

 

プロダクトアウト型のマーケティング(なんか言葉が変ですが・・・)について、前回は、顧客を知る気もなく、セグメンテーションする気もない、「THE プロダクトアウト型」について説明してみました。

 

本稿では、あえてこのプロダクトアウト型マーケティングの更なる細分化をしてみたいと思います。ふたつ目は、「パーティー券販売型マーケティング」です。これは、顧客を理解して、欲しいものを売ろう、という気は全くないが、ターゲットだけは結構明確、というやつです。

パーティー券販売型 

 

 

典型例はいわゆる政治家のパーティー券です。(あくまで、例えば、の話です)。

政治資金調達のためには、政治家は高いパーティー券を買ってもらわなくてはいけないのでターゲットは明確です。そう、ターゲットはずばり、「金持ち(小金もち?)」です。

 

それから、政治家の先生と利害関係がありそうな人です。業界団体、地縁、血縁、その他、使える縁はなんでも使って、とにかく売る!!売るぞお!!というやつです。一方で、そのパーティーにその人が本当に心から出席したいのか、(ニーズ)については、恐らくですが、??? ですよね。(もちろん、涙を流して参加する熱烈な支持者も当然いるでしょう。私も尊敬する政治家のパーティーならお金払ってでも参加してみたいと思います。)

 

お金と政治に関する汚職への反省から、政党支援金制度など、必要な資金はできるだけ公正明大に獲得できる制度が整い、このようなパーティー券売りは少なくなってきているかもしれません。しかし、政治家の先生方が本当に真剣に活動しようとすると、まだまだお金が足りないのが実態のようです。

 

今後ネット献金などが日本でも普及してくれば、本当に応援したい政治家にお金を出し、政治家もそれで十分なお金が集まる、という環境になるかも知れません。そうなればそれは政治とお金についてとても良い変化をもたらす可能性があります。

 

しかし、これを成功させるには、「どのような不満(=ニーズの逆)を持った有権者層(セグメント)に対して、どうアプローチするのか、という、マーケティングがやはり重要で、その巧拙は、成功をかなり左右するように思われます。

 

ちなみに、政治家に限らず、この手のパーティー券、XX券というのは、私たちの身近に結構あるように感じます。ダンスサークルの発表のチケットを売りさばかなくちゃいけない。友人のバンドがコンサートを開くので、何枚かさばいてくれないか。娘のピアノ発表会のチケットを・・・

 

一見押し売り(≒プロダクトアウト)になりそうなこうしたXX券も、やり方と工夫次第(どんなニーズを持った人にどうやって売るか)で喜ばれることもあるし、うまく売れないこともある、このようなことは多くの人が経験あるでしょう。いまさらいうまでもありませんが、そう考えると、マーケティングというのはあらためてとても身近な話です。

 

今回は、プロダクトアウト型のマーケティング②「パーティー券型」について考察してみました。次回は、プロダクトアウト型の三つ目の形態について考察してみたいと思います。

 

 

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